ミロシュ・ラオニッチ
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ミロシュ・ラオニッチ
Milos Raonic


2017年ウィンブルドン選手権でのミロシュ・ラオニッチ
基本情報
国籍 カナダ
出身地 ユーゴスラビアポドゴリツァ
生年月日 (1990-12-27) 1990年12月27日(33歳)
身長196cm
体重98kg
利き手右
バックハンド両手打ち
ツアー経歴
デビュー年2008年
ツアー通算8勝
シングルス8勝
ダブルス0勝
生涯獲得賞金20,509,904 アメリカ合衆国ドル
4大大会最高成績・シングルス
全豪ベスト4(2016)
全仏ベスト8(2014)
ウィンブルドン(英)準優勝(2016)
全米4回戦(2012-14・18)
国別対抗戦最高成績
デビス杯ベスト4(2013)
ホップマン杯2回戦(2014)
ATP杯ラウンドロビン(2021)
キャリア自己最高ランキング
シングルス3位(2016年11月21日)
ダブルス103位(2013年6月10日)
2024年5月27日現在■テンプレート  ■プロジェクト テニス

ミロシュ・ラオニッチ(Milos Raonic, Milo? Raoni? 英語発音: [?mi?lo?? ?ra?n?t?] セルビア・クロアチア語発音: [milo? raonit?], 1990年12月27日 - )は、ユーゴスラビア社会主義連邦共和国モンテネグロ社会主義共和国ティトーグラード(現:ポドゴリツァ)出身のカナダの男子プロテニス選手。ATPツアーでシングルス8勝を挙げている。自己最高ランキングはシングルス3位。ダブルス103位。身長196cm、体重98kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。「ミロス・ラオニック」の表記も見られるが、カナダのメディアも「ミロシュ・ラオニッチ」と言う発音を使用している[1]

カナダ人として初めてのグランドスラム男子シングルス決勝進出者。
選手経歴
ジュニア時代

ユーゴスラビア社会主義連邦共和国モンテネグロ社会主義共和国ティトーグラード(現:ポドゴリツァ)で生まれたラオニッチは3歳でカナダに移住し、8歳でテニスを始める。
2008年 プロ転向

2008年にプロに転向。この年は訪日してフューチャーズ大会に出場している。
2010年 グランドスラム初出場

2010年全米オープンで予選を勝ち上がり4大大会に初出場。ジャパン・オープン・テニス選手権にも出場し、予選から勝ち上がり2回戦で当時世界ランキング1位のラファエル・ナダルに挑戦し、4-6, 4-6で敗れた。
2011年 ツアー初優勝2011年楽天ジャパン・オープンでのミロシュ・ラオニッチ

2011年の全豪オープンでは、予選から勝ち上がり1回戦でビョルン・ファウを7-6(3), 6-3, 7-6(8)で破り4大大会初勝利を挙げる。2回戦では第22シードのミカエル・ロドラを7-6(3), 6-3, 7-6(4)で、3回戦では第10シードのミハイル・ユージニーを6-4, 7-5, 4-6, 6-4で破り4回戦に進出した。4回戦では第7シードのダビド・フェレールに6-4, 2-6, 3-6, 4-6で敗れた。

2月のSAPオープンでツアー初の決勝に進出。フェルナンド・ベルダスコを7-6(6), 7-6(5)で破り、ツアー初優勝を果たした。翌週の全米国際インドアテニス選手権でも決勝に進出し、アンディ・ロディックに6-7(7), 7-6(11), 5-7で敗れ準優勝となった。6月のゲリー・ウェバー・オープンではロビン・ハーセと組んだダブルスで決勝に進出したが、ボパンナ/クレシ組に6?7(8), 6?3, [9?11]で敗れた。ラオニッチは2011年度のATPワールドツアー最優秀新人賞(Newcomer of the Year)を受賞した。またファーストサービスポイント獲得率ツアー1位となった。
2012年 ツアー2勝目2012年バルセロナ・オープンでのミロシュ・ラオニッチ

2012年の開幕戦チェンナイ・オープンでは決勝でヤンコ・ティプサレビッチに6?7(4), 7?6(4), 7?6(4)で競り勝ちシングルス2勝目を挙げた。全豪オープンでは3回戦で地元のレイトン・ヒューイットに敗れたが、2月のSAPオープンで2年連続の決勝に進出。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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