ミネルバ_(ローバー)
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ミネルバ (MIcro/Nano Experimental Robot Vehicle Asteroid, MINERVA) は、2003年5月9日、宇宙科学研究所(ISAS)が打ち上げた小惑星探査機はやぶさに搭載された、小惑星探査ローバーである[† 1]。なお、はやぶさの後継機として2014年12月3日に打上げられたはやぶさ2にもミネルバの後継機となるミネルバIIシリーズが3基搭載され、そのうちの2基が2018年9月21日、リュウグウに着陸した。本稿ではミネルバIIについても説明を行う。
概要ミネルバ模型、宇宙科学研究所相模原キャンパスで撮影。ミネルバの開発計画が進められた現JAXA相模原キャンパス本部

1995年8月に宇宙開発委員会によって承認された、宇宙科学研究所の小惑星サンプルリターン計画、MUSES-C (MU Space Engineering Satellite-C) 計画では、アメリカとの協力関係を締結していく中で、NASAが開発する車輪型の超小型ローバー、MUSES-CNを搭載することが決まった。しかし日本独自のローバーの搭載も検討されるようになり、1997年からミネルバ (MIcro/Nano Experimental Robot Vehicle Asteroid, MINERVA) 開発が開始された。

しかしMUSES-C計画におけるミネルバの位置付けは、探査機の重量バランスを調整する重り代わりであり、正規のプロジェクトではなくオプション扱いであった。バランス調整の重り代わりであるために厳しい重量、大きさの制限、そしてオプション計画であるが故の慢性的な資金不足、更には極めて小さな重力しかない小惑星というミネルバ目的地の環境に悩まされながらの開発となった。

検討を進めて行く中で、ミネルバの移動機構はNASAのローバーが採用した車輪ではなく、ミネルバ内部のモーターが回転することによって生じるトルクを利用して、ホップをしながら小惑星表面を移動する機構が採用された。ミネルバ本体開発は、限られた開発費用の中、宇宙科学研究所と日産自動車宇宙航空事業部(2000年からはアイ・エイチ・アイ・エアロスペース)と共同開発とし、設計から開発、そして資金面の手配も民間企業との共同で行った[4]。また放射線耐性など試験を行いながら、宇宙用ではない民生品を積極的に採用して経費の節減に努めた。そして地球から遠く離れた小惑星を探査するミネルバにとって必須となる自律機能を持たせるため、様々な工夫を施した。

NASAが開発を進めていたMUSES-CNは、2000年11月、開発中止となった。NASAのローバー計画中止によってミネルバがMUSES-Cに搭載される可能性は著しく高まったが、ミネルバは正式プロジェクトに格上げされることは無く、最後までオプション扱いのままであった[5]。結局2003年2月、直径12nbsp;cm、高さ10 cmの正16角柱、本体重量は591 g、分離機構などを含めても総重量1457gの超小型小惑星探査ローバー、ミネルバが完成した。ミネルバは日本初の宇宙探査用ローバーであり、また世界初の小惑星探査ローバーとなった[6]

ミネルバにはホップ中に上空から小惑星を撮影する単眼望遠カメラ、小惑星表面で表面の詳細撮影を行う接写ステレオカメラ、内部と外部の温度計、光量から太陽方向を測定するフォトダイオードが観測機器として搭載されており、電源としては一面に貼られた太陽電池の他に、ホップ時や写真撮影時には2次電源として宇宙空間で初めて採用された電気二重層コンデンサを利用する。このようなミネルバは、ホップしながら小惑星表面を移動するという小天体用ローバーの移動メカニズムの実証、そして自律的小惑星探査手法の実証という2つの工学的試験を小惑星上でチャレンジすることになった。

2003年5月9日、ミネルバが搭載されたMUSES-Cが打上げられ、はやぶさと命名された。はやぶさが目的地である小惑星イトカワへ向かうまでの間、ミネルバは時々機器電源をオンにして状態チェックを受けた。はやぶさは2005年9月12日、目的地の小惑星イトカワへ到着した。はやぶさは2ヶ月近い探査の後、11月になって小惑星サンプルリターンチャレンジを開始した。そして第3回目の着陸リハーサルであった11月12日、ミネルバははやぶさから分離されイトカワを目指したが、イトカワへの投下は失敗に終わり、世界最小の人工惑星となった[† 2][5]。そしてミネルバははやぶさ分離後、18時間に渡って通信を続け、データを送り続けた。

ミネルバはイトカワへの着陸に失敗し、小惑星上での工学試験は実現出来なかったが、小天体用ローバー移動メカニズム実証、そして自律的小惑星探査手法の実証という工学的試験はミネルバ開発経過、そしてはやぶさ分離後18時間に及ぶ運用の中である程度行うことが出来た。2014年に打上げられたはやぶさ2では、ミネルバ運用結果、はやぶさのイトカワ探査の結果などを踏まえた後継機・ミネルバIIが搭載されている。
ミネルバの開発開始
日本独自の小惑星ローバーの開発開始NASAによるMUSES-Cのコンセプトアート。左下にはキャンセルされることになるNASAのローバーが描かれている。

1995年8月、宇宙開発委員会は小惑星サンプルリターン計画を承認した。MUSES-C計画のスタートである[7]。計画の遂行には惑星探査機となるMUSES-Cとの通信や、地球帰還時のカプセル回収に際してアメリカの協力が不可欠であった[8]

アメリカとの協力関係を固めて行く中で、MUSES-CにNASAが開発する超小型ローバー、MUSES-CNを無償で搭載することになった。その一方でプロジェクトマネージャの川口淳一郎は、重量に余裕が出来た場合、探査機の重量バランスを補正する重り代わりとして日本製の小惑星ローバーも搭載することを考えるようになった。川口は長年宇宙探査用ローバーを研究していた同僚の中谷一郎に、質量1キロ程度の小惑星探査ローバーを作れないかと声をかけてみた[9]

川口の呼び掛けに中谷は応じた。宇宙探査用ローバーを研究している宇宙科学研究所教授を始め、大学教授、そしてメーカー技術者らが集まり、1997年、小惑星を探査するローバー開発が始まった[10]
小惑星をホップしながらの移動これまでアメリカやソ連が開発して来たローバーは、このマーズ・エクスプロレーション・ローバーのように、殆どが車輪型移動機構を採用して来た。

小惑星を探査するローバーの開発には、様々な困難が立ちはだかった。まず問題となったのが、どのような方法で小惑星上を移動するのかという点であった。MUSES-Cが目的地とする小惑星は大きくても直径数キロ以下であり、表面の重力加速度が極めて小さい。その上、初めて探査機が向かうこととなる小惑星は、重力加速度を確実に予測することが困難であり、ある程度の幅を持った重力加速度に対応可能な移動機構が必要とされた[11]

天体表面を移動するローバーの移動メカニズムとしては、まず摩擦力を利用する方法と、利用しない方法に大別出来る。摩擦力を利用しない方法としては、ローバーにジェットを搭載し、ジェットを吹かせながら表面を移動する方法、天体が十分小さい場合などでは天体に紐やネットを被せ、紐を伝って移動する方法、さらに天体が強磁性を持つ物質で出来ている場合、電磁石を用いる方法などが考えられる[12]。しかしジェットを吹かせて移動する機構では天体の表面を汚染するため、小惑星サンプルリターンを目指すMUSES-C計画では採用できず、また電磁石を用いる方法などはどのような小天体でも使えるものではないため、摩擦力を利用した移動方法を採用することとなった[11]

摩擦力を利用した移動メカニズムとしては、車輪と天体表面との摩擦力を利用して移動する車輪型移動機構、複数の脚と表面との摩擦力を利用する脚型の移動機構、そしてローバーを表面に押し付けることによって浮上させ、移動する浮上型移動機構などが考えられる。これまで月や火星などで活躍したローバーの多くは、車輪型移動機構を採用していた[13]

これまで多くのローバーで利用されてきた車輪型移動機構は、天体の重力が十分大きな場合、ローバーと天体間の接触力に対して垂直に働く摩擦力が大きいため、スリップすることなく移動速度を得ることが出来る。しかしMUSES-Cが目指すような直径数キロ以下の小惑星では重力が小さいため接触力が小さく、そのため摩擦力も小さくなり、ローバーの駆動力が摩擦力を上回るとスリップを繰り返してしまい前進力を得られない。また表面の凹凸によってローバーにわずかな力が加わるだけで、天体表面からたやすくホップしてしまう。ローバーがホップしてしまえば車輪は駆動力を天体表面に伝えられないこととなる[14]。また小天体の脱出速度は極めて小さいため、下手をすると表面の凹凸に躓いたら最後、そのまま宇宙空間に放り出され戻ってこない可能性もある[15]

小天体を探査するローバーに車輪型移動機構を採用した場合、極めて小さな重力のためにローバーがたやすくスリップやホップをしてしまい、思うように移動できないという難点がある。この難点を克服するには車輪の駆動速度を極めて遅くするという方法がある。実際、NASAが開発を進めていたMUSES-Cに搭載する超小型ローバー、MUSES-CNは車輪型の移動機構を用い、移動速度は秒速わずか1.5ミリを予定していた。しかし移動速度があまりにも遅い場合、ローバーが活動できる限られた時間内で移動できる範囲が極めて狭くなってしまい、天体表面を移動しながら探査を行うローバーの特性を生かしきれないことになってしまう[16]

MUSES-Cへの搭載を目指す日本製ローバーの移動機構の検討では、極めて小さな小惑星の重力以外にも検討しなければならない点がいくつかあった。まず先述したように目標天体である小惑星の重力加速度の推定が不確実で、ある程度の幅を持った重力加速度に対応できる移動機構が必要である点、続いて重量に余裕ができた場合、探査機の重量バランスを補正する重り代わりとして搭載されるため、日本製ローバーの重量、大きさの制限が極めて厳しく、探査機MUSES-Cからの分離機構を含めて質量1キロ以下、大きさも十数センチ立方以内を求められていたため、シンプルかつ軽量な移動機構が必要であった。


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