ミッキー・テトルトン
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ミッキー・テトルトン
Mickey Tettleton
オークランド・アスレチックス時代
(1986年)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国
出身地オクラホマ州オクラホマシティ
生年月日 (1960-09-16) 1960年9月16日(63歳)
選手情報
投球・打席右投両打
ポジション捕手
プロ入り1981年 ドラフト5巡目
初出場1984年6月30日
最終出場1997年7月2日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)


オクラホマ州立大学

オークランド・アスレチックス(1984 - 1987)

ボルチモア・オリオールズ(1988 - 1990)

デトロイト・タイガース(1991 - 1994)

テキサス・レンジャーズ(1995 - 1997)

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■プロジェクト:野球選手  ■テンプレート

ミッキー・テトルトン(Mickey Lee Tettleton , 1960年9月16日 - )は、アメリカ合衆国オクラホマ州オクラホマシティ出身の元プロ野球選手。右投両打(スイッチヒッター)。

主に捕手だが、後に一塁手外野手指名打者としても起用された。
経歴

オークランド・アスレチックスに入団し、1984年6月30日に初出場するが、アスレチックス時代はマイク・ヒースやテリー・スタインバックらが居り正捕手とはなれず、1988年ボルチモア・オリオールズに移籍してチャンスをつかんだ。打率こそ低いが、持ち前の長打力でレギュラーに定着し、1989年には26本塁打を放ち、シルバースラッガー賞を獲得。オールスターにも出場した。1990年には自己ワーストの160三振を喫し、打率.223、15本塁打に終わり、この年のオフにデトロイト・タイガースに移籍。

タイガース移籍初年度の1991年に31本塁打、89打点で2度目のシルバースラッガー賞獲得とオールスター出場を果たす。1992年も打率.238も、32本塁打、83打点、そしてリーグトップの122四球、137三振を記録。この当時のタイガースは、長距離打者が揃っていたが、いずれも阪神タイガースに在籍歴をもつセシル・フィルダー(35本・151三振)、ロブ・ディアー(32本・131三振)と共に、「30本130三振トリオ」となった。オフにフィルダー、トラビス・フライマンと共に日米野球で来日。チーム打率は.256はア・リーグ14球団中11位、三振1,055はワースト1位、本塁打182と得点746は1位というチームであった。

1993年にも32本塁打、110打点、そして打率.245、109四球と活躍。これ以降は一塁や外野での起用が増えた。1995年テキサス・レンジャーズに移籍。レンジャーズにはFA移籍したにもかかわらず、その後もタイガースファンには人気があり、タイガー・スタジアムでテトルトンが打席に立つとタイガースファンから歓声が上がった[1]イバン・ロドリゲスが居たこともあり、これ以後は捕手としての起用はほとんどなくなったが、1995年には32本塁打、78打点。1996年にも24本塁打、83打点と活躍。しかし、1997年には故障のため17試合の出場に終わり、この年限りで現役を引退した。
選手としての特徴

通算1,307三振はMLB史上第96位。選んだ四球も多く、シーズン100四球以上が5回。他に90台も2シーズンあった。1992年の122四球はリーグ最多であった。そのため、打率の割に出塁率は高く、1992年には打率.238に対して出塁率は.379もあった。通算でも打率.241に対して出塁率は.369であった。

打席でまっすぐ立って、バットを腰のあたりで水平に構える非常に独特のフォームが特徴的で、投手がモーションに入ってからわずかに屈んでバットを構えた。プレイ中も常に口いっぱいに噛みタバコを噛み、ズボンのポケットにはお守り代わりに猿のしっぽ(本物ではない)を入れていた。
詳細情報
年度別打撃成績




























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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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