ミシェル・オンフレ
生誕 (1959-01-01) 1959年1月1日(65歳)
フランスオルヌ県シャンボワ
時代20世紀哲学、21世紀哲学
ミシェル・オンフレ(Michel Onfray, 1959年1月1日 - )は、現代フランスの著述家・哲学者。快楽主義、無神論[2]、無政府主義[3] の支持者である。非常に多作で、これまでに100冊以上の哲学関連の著書がある[4][5]。
著書の内容が過激なことで知られており、代表作として次に挙げる5冊がある。『ジョルジュ・パラントの生理学――ニーチェ的左翼の肖像(Physiologie de Georges Palante, portrait d'un nietzcheen de gauche)』、『反抗のポリティーク――抵抗と不服従についての論考(Politique du rebelle: traite de resistance et d'insoumission)』、『無神学論――形而上学の物理学(Traite d'atheologie: Physique de la metaphysique)』(英訳:『無神論宣言――キリスト教、ユダヤ教、イスラム教が誤っている理由(Atheist Manifesto: The Case Against Christianity, Judaism, and Islam)』)、『存在する力(La puissance d'exister)』、『自己の彫像(La sculpture de soi)』。なお、『自己の彫像』によって1993年にメディシス賞を受賞した。
オンフレの哲学は、ニーチェ、エピクロス、犬儒派、キュレネ派、フランス唯物論、個人主義的無政府主義から大きな影響を受けている[6]。
略歴2009年スペインで撮影
オンフレはノルマンディー地方の農家に生まれるも、両親に捨てられ10歳から14歳まで孤児院で過ごした(実の母も若いころ同じ孤児院に入れられた過去がある)。若き日の苦難を乗り越え、オンフレは哲学の博士号をカーン・ノルマンディー大学で取得した。1983年から2002年まで、カーンにある高等専門学校で上級生に哲学を教えた。その後、学費無料の教育機関であるカーン市民大学(Universite populaire de Caen)を仲間と創立し、2004年に設立趣意書を発表した(『哲学の共同体(La communaute philosophique)』)。
著書『無神学論(Traite d'Atheologie)』は、「2005年に出版されてから数ヶ月間、ノンフィクションの書物としてフランスで売上ナンバーワンを維持した(「無神学」という言葉はジョルジュ・バタイユからの借用である)。この本はイタリアでも同様によく売れ、2005年9月に発売するとたちまちイタリアのベストセラー1位に登りつめた」[2]。
2002年のフランス大統領選挙にて、オンフレは革命的共産主義者同盟(フランスのトロツキスト政党)の候補者オリヴィエ・ブザンスノへの支持を表明した。2007年の選挙では初めジョゼ・ボヴェを推していたが、最終的にはオリヴィエ・ブザンスノに投票し、その後大統領に選ばれることになるニコラ・サルコジにインタビューを行った。なお、オンフレにとってサルコジは「イデオロギー上の敵」だと『Philosophie Magazine』で述べている[7]。
オンフレがカーン市民大学という哲学共同体を作ったのは、2002年の大統領選の結果が原因だと述べている。
著書『偶像の黄昏――フロイトのお伽話(Le crepuscule d'une idole : L'affabulation freudienne)』(英訳:『The Twilight of an Idol: The Freudian Confabulation』)(2010年)で展開されたフロイト批判により、フランスで大きな論争が起きた。オンフレによれば、フロイトは哲学者ではあるが、彼の行った治療には膨大な犠牲者がおり、その効果は疑わしいものだという[8]。オンフレは無神論者であり[2]、『無神論宣言(Atheist Manifesto)』という本を書いている。