マントヴァ
Mantova
行政
国 イタリア
州 ロンバルディア
県/大都市 マントヴァ
CAP(郵便番号)46100
市外局番0376
ISTATコード020030
識別コードE897
分離集落なし
隣接コムーネ#隣接コムーネ参照
公式サイトリンク
マントヴァ(イタリア語: Mantova [?mantova] ( 音声ファイル))は、イタリア共和国ロンバルディア州南東部にある都市で、その周辺地域を含む人口約49,000人の基礎自治体(コムーネ)。マントヴァ県の県都である。
マントヴァは三方を12世紀につくられた人工湖によって囲まれている[4]。これらはガルダ湖から発したミンチョ川の水をせき止めたものである。3つの湖はそれぞれ大きな方から、スペリオーレ湖、メッツォ湖、インフェリオーレ湖と呼ばれている[5]。4番目の湖パイオーロ湖はかつて市を環状に巡った防御用のものであったが、18世紀末に干拓された。
マントヴァ(英: Mantua [?mantju?] マンチュア)は、ウィリアム・シェイクスピア作の悲劇『ロミオとジュリエット』の中に登場する。劇中、ロミオはティボルトを誤って殺害し、町から追放される。彼はただちにマンチュアへ向けて発ち、愛するジュリエットの死の知らせを聞いてヴェローナへ帰還する。
またヴェルディ作曲のオペラ「リゴレット」の舞台であり、市内にはオペラに縁のある建物や登場人物の像が現存するが、劇中の人物は全て架空の人物である。
マントヴァは、カトリック教会のマントヴァ司教座が置かれている。
マントヴァの中心市街などは、サッビオネータの中心部とともに「マントヴァとサッビオネータ」の名で世界遺産リストに登録されている。 マントヴァ県中央部に位置するコムーネである。ヴェローナから南南西へ35km、モデナから北へ58km、ブレシアから南東へ62km、州都ミラノから東南東へ130kmの距離にある[6]。 隣接するコムーネは以下の通り。 気候分類では、zona E, 2388 GGに分類される[7]。また、イタリアの地震リスク階級 (it 市の前身である定住地ができたのは紀元前で、ミンチョ川岸にある天然の防御地ともいうべき島の上であった。そしてそこに暮らすようになったのはエトルリア人であった。 マントヴァという名は、エトルリアの神マントゥス(ギリシャ神話のハーデース神に相当する)に由来する。ガリア人の一部族セノマニ族に占領された後、第一次ポエニ戦争と第二次ポエニ戦争の間にローマ人によって征服された。彼らはギリシャ神話の予言者テイレシアースの娘マントーとマントヴァの名前を混同していた。新たな領土は、アウグストゥスの退役した兵士らが入植した。古代ローマの詩人ウェルギリウスは、マントヴァ近郊で生まれたとされている。 ローマ帝国滅亡後、マントヴァは東ローマ帝国、ランゴバルド王国、フランク王国に占領された。11世紀、トスカーナ侯であるボニファーチオ・ディ・カノッサが町を領有した。彼の一族最後の支配者は、マティルデ・ディ・カノッサ女伯で、言い伝えによると、彼女は貴重なサン・ロレンツォのロトンダ(1082年)建設を命じたとされる。 マティルダの死後、マントヴァは帝国自由都市となった。12世紀と13世紀には熱心に神聖ローマ帝国から自らを守った。1198年、アルベルト・ピテンティーノがミンチョ川流域を効果的に活用した。彼はマントヴァ人が4つの湖と呼ぶ市の天然の防衛設備をつくり、補強したのである。1215年から1216年、市はゲルフに属するランベルティーノ・ブヴァレッリ
地理
位置・広がり
隣接コムーネ
バニョーロ・サン・ヴィート
ボルゴ・ヴィルジーリオ
クルタトーネ
ポルト・マントヴァーノ
ロンコフェッラーロ
サン・ジョルジョ・ビガレッロ (サン・ジョルジョ・ディ・マントヴァ)
気候分類・地震分類
歴史「マントヴァ公国」および「マントヴァの領主一覧」も参照