マツ材線虫病
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マツ材線虫病(マツざいせんちゅうびょう、英名:pine wilt disease)とは、マツ属学名:Pinus)を中心としたマツ科樹木に発生する感染症である。病原体は北米原産で日本を含むアジアやヨーロッパのマツ類に枯死を伴う激害をもたらしている。日本における病気の汚染地域は徐々に拡大しており、2010年以降北海道を除く本州以南の46都府県全てで確認されている。関係者の間ではマツ枯れと呼ばれることが多い。本項でも「マツ枯れ」を用いる。行政用語としては松くい虫が用いられる。

世界三大樹木病害(ニレ立枯病クリ胴枯病五葉マツ類発疹さび病)に本病を加えて世界四大樹木病害と呼ぶことがある。また、外見上類似した病害としてナラ枯れ(ブナ科樹木萎凋病)がある。
症状と診断

典型的な症状としては盛夏から秋にかけてそれまで正常であったマツの針葉が急速に色あせて最終的には褐変する。針葉の褐変は症状の最終段階であり、それに先だって外見は正常なまま樹脂(いわゆる松脂)の滲出が減少する。健康なマツは幹に傷を付けると大量の樹脂を傷口に分泌するが、この病気を発病したマツは樹脂の量が著しく減少し全く出さないことも多い。このため、早期の診断には幹にピンを刺したりポンチで穿孔したりして樹脂滲出異常の有無を調べる[1][2]。この簡易判定方法は発見者の小田久五に因み「小田式判定法」などと呼ばれる。また、発病した個体の幹には多数の穴が見られることが多い。これはこの病気に限ったことではないが、マツが弱ってくるとキクイムシカミキリムシが集まってくるためである。

条件によっては典型的な経過とならず、樹脂滲出が止まっても外見が正常なまま翌年まで生存することがある。冷涼な地方ではこのような経過をたどる個体が温暖な地方より多い。それらの個体は翌年の春から初夏に枯死して「年越し枯れ」と呼ばれたり、さらに遅れて通常のマツ枯れシーズンに至って枯れて「潜在感染木」と呼ばれることもある。

枯死したヨーロッパクロマツP. nigra

枯死したリュウキュウマツ(P. luchuensis)

葉が褐色に変色したヨーロッパクロマツ(P. nigra)

原因

マツノザイセンチュウ Bursaphelenchus xylophilus (Steiner & Buhrer) Nickleと呼ばれる線虫の一種の感染による。以下、特に断りのない限り線虫と略す。かつてはマツ枯れの原因は昆虫ではないかという説が長くあり、「松くい虫」などの病名にも名残が見られる。この説では「松くい虫」として何種類かのキクイムシゾウムシカミキリムシなどが挙げられており防除方法の研究が行われていた[3]。確かに枯死木には多数の昆虫が見られるが、これらはマツが弱ってから侵入したのであって因果が逆であることが分かっている。また、枯死木を伐採するとその切り口が青色に変色していることが多いことから、これを引き起こす青変菌がマツ枯れの原因ではないかという説もあった。1969年、林業試験場(当時、現:森林総合研究所)九州支所の職員だった清原友也と徳重陽山の2人によって九州のマツ枯れ枯死木から日本では見慣れない線虫が非常に高い確率で発見される現象が報告され[4]、さらにその後この線虫を接種したマツが枯死したことから線虫がマツを枯死させる原因であることが判明[5]。この線虫は線虫学者の真宮靖治らによって新種Bursaphelenchus lignicolousとして記載され[6]、和名はマツノザイセンチュウとされた[7]

線虫の感染からマツの枯死に至るメカニズムは完全には解明されていないが、最終的には樹体内部の管類の閉塞、特に仮道管の閉塞が広範囲で起こり水を吸い上げられなくなって枯死することが分かっている。抵抗性種では線虫の移動が抑制され管類の閉塞が部分的であり、致命的な全身の通水障害を起こさないために枯死には至らないという。共に抵抗性だが分類学的には遠縁のストローブマツ(Pinus strobus)とテーダマツ(P. taeda)を観察し比較した結果では、抵抗性種であっても種類によってその防御機構が異なっていることを示唆するような報告がある[8]

近年、この閉塞の原因は線虫や細胞による物理的な管の詰まりではなく、キャビテーションという現象によって細い管内に気泡が発生することにより管内部に空洞が形成され、この空洞が栓の役割を果たして樹液の流れを妨げること(ガスエンボリズム=気体塞栓症)が継続的に発生していることが明らかになってきた[9][10]。キャビテーションによる仮道管の閉塞自体は健全個体でも乾燥時等に見られるが一時的であれば可逆的である。なぜ継続的なキャビテーションが発生してしまうのかは分かっていない。線虫もしくは線虫に抵抗したマツが作り出す毒素説、菌類などの第三者が関わる説、樹液が変性し表面張力を失う説などがある。

キャビテーション・エンボリズムの診断方法として着色溶液をマツに吸わせてから切断して断面を観察するという古典的方法の他にも、水が途切れる際に発生する音の一種、アコースティック・エミッション(Acoustic Emission, AE)を観測するという非破壊的方法が提案・実用化されており[11]、蒸散速度や光合成速度の低下を観察するという従来からの非破壊的方法に加えてこのような面からも樹木の水分異常を観測できるようになってきている。

線虫は病原性を持ちマツを枯らすことが出来るが、他のマツへの移動手段を持たない。これを助けるのがヒゲナガカミキリ属(Monochamus)のカミキリムシである。線虫は蛹室内にいるカミキリムシ新成虫の気門に侵入し、脱出したカミキリムシと共に他のマツへと移る。
病原線虫 Bursaphelenchus xylophilus

この線虫が初めて見つかったのはアメリカ・ルイジアナ州で、現地原産のダイオウマツ(Pinus palustris)木材中から発見され、当初はAphelenchoides xylophilusとして記載された[12]が、その後Bursaphelenchus属に移された。日本で見つかりマツへの病原性を示す線虫は前述のようにBursaphelenchus lignicolousとして新種記載されたが、これも後に移動され同一種扱いとなっている。

B. xylophilusは体長1mmほどの三日月形で雌雄の区別がある。餌はマツの柔細胞菌類であり、セルロース分解酵素(セルラーゼ)を分泌してマツの細胞を破壊・摂取する。実験室内では菌類だけを餌に培養することが可能である。実験室内での培養温度は餌にする菌類の種類にもよるが15℃以上で増殖、25℃程度で活発に増殖するという[13]。ただし、何世代にもわたって実験室内で培養し続けると病原性と増殖力が著しく低下してしまうという報告がある[14]。野外においても病原性の異なる系統が共存しているという[15]。病原性の違いの一つにセルロース分解酵素の強弱の差があるとされる[16]

カミキリムシ(以下カミキリ)の蛹の気門に入った線虫はカミキリ成虫が羽化するまで待つ。カミキリが羽化し、成虫が餌として齧る健康なマツの若枝から健康なマツの樹体内に侵入する[17]。この時期は後述のカミキリの生活環にもよるが、一般に5―8月の初夏?盛夏の時期である。マツ体内では樹脂道を使い移動[18]、交尾・産卵を繰り返しながら増殖する。このとき抵抗性の種では線虫の移動は部分的であるが、感受性の種は全身に移動し分布するようになる。また、線虫の増殖は感受性種であっても最初は穏やか、マツが目に見えて弱り始めてから爆発的に増えると言う。マツは線虫の侵入(感染)から2週間程度で樹脂の分泌が減少を始め、2-3カ月程度で急激な葉の変色と枯死に至る。弱ったマツはカミキリの格好の産卵場所であり、カミキリが産卵に来る。線虫は枯死木の中で青変菌などを食べながら増殖し[19][20]カミキリに乗り移る機会を窺う。年が明けカミキリが蛹から羽化して成虫になる際に線虫はカミキリ気門に潜り込みカミキリと共に新しいマツへと移る。

雄線虫

雄線虫と突起状の生殖器

線虫を採取するベールマン装置模式図

ニセマツノザイセンチュウ Bursaphelenchus mucronatus

マツノザイセンチュウは北米原産の外来種とされるが、日本には在来種として同属のニセマツノザイセンチュウ B. mucronatus Mamiya et Enda が分布している。本種と比べると弱い病原性を持つ[21]が自らマツに病気を起こすことはできないため、すでに何らかの理由で衰弱していたマツを生息場所にしている[22]。マツノマダラカミキリも同様で、衰弱して樹脂などによる防御力の弱まったマツに産卵するのが本来の生活様式であった。ニセマツノザイセンチュウもマツノマダラカミキリを媒介者とするが、マツノザイセンチュウとは異なりカミキリを離脱するのは後食時ではなく主に産卵時である。つまり、健全なマツを発病させて媒介者であるカミキリを呼ぶ代わりに、衰弱したマツに媒介者と同時に侵入していると考えられている。ニセマツノザイセンチュウとマツノマダラカミキリは、マツ林に時折生ずる被圧木や折損枝、風倒木などの衰弱木や新鮮枯死材を利用して、細々と生活していた生物であると考えられている。
その他の類縁線虫

線虫という生き物は非常に多種類が知られ、土壌中で腐植を食べるような物から昆虫や動物に寄生して病気を引き起こすものまでいろいろである。Burusaphelenchus属線虫は生態面で植物寄生性であり、媒介を昆虫に頼るのを特徴としている。


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