マサイ・ウジリ
Masai Ujiri
トロント・ラプターズ CEO
ポジションガード
役職球団社長
基本情報
国籍 カナダ
イングランド
ナイジェリア
生年月日 (1970-07-07) 1970年7月7日(53歳)
出身地 イングランド・ボーンマス
身長(現役時)193cm (6 ft 4 in)
キャリア情報
出身ビスマルク州立大学
エグゼクティブ部門
NBAチャンピオン (2019)
NBA最優秀役員賞 (2013)
マサイ・ウジリ(Masai Ujiri, 1970年7月7日 - )は、カナダのプロバスケットボール役員、元選手。北米男子プロバスケットボールNBAトロント・ラプターズのバスケットボール事業社長を務める。
選手としてのキャリア後、2002年からオーランド・マジック、その後デンバー・ナゲッツのスカウトとなった。2008年にはトロント・ラプターズのスタッフに加わった。2010年にはデンバー・ナゲッツにGM兼バスケットボール事業の代表取締役副社長として復帰し、チームのプレーオフ復帰に貢献した。その結果、2013年にNBA最優秀役員賞を受賞した。その翌年にGMとしてラプターズに復帰した。2016年夏にはウジリはGMの肩書きをジェフ・ウェルトマンに譲り、バスケットボール事業の社長に就任した。その後、ウェルトマンの後任として2016年にボビー・ウェブスターがGMに就任した。[1][2] ウジリは社長として、チームが持続的な成功の時代を切り開くために尽力し、2019年に初のNBA優勝に貢献した。 ウジリはイングランドのボーンマスでナイジェリア人の一家に生まれた。彼の両親はどちらもイングランドへの留学生だった。[3] ウジリが2歳の時に一家はナイジェリアに戻り、ウジリはナイジェリアのザリアで育った。病院の責任者で看護教育者だった父はデルタ州アヴィアラ出身のイソコ民族で、医師の母はマチャコス出身のケニア人だった。元々ウジリは幼少期にはサッカーをしていたが、13歳でバスケットボールに興味を持ち、友人と北ナイジェリアの屋外バスケットボールコートでプレーするようになった。この興味はアメリカのスポーツ雑誌やNBAの試合のVHSテープやバスケットボール映画から得たものだった。[4] 彼はナイジェリアのNBAスターであるハキーム・オラジュワンに憧れていた。 高校に進む際に、両親はウジリに大学バスケットボールでプレーする夢を追い求めてヨーロッパのトップリーグのチームに参加ことを許した。ウジリはナイジェリアを離れ、ワシントン州シアトルのネイサン・ヘイル高校 ウジリはプロ選手としてのキャリア全てをヨーロッパで過ごした。[5] 大学に進学する前に、当時イングランド4部リーグだったナショナルバスケットボールリーグ・ディビジョン3のソレント・スターズ
生い立ち
選手キャリア
大学卒業後はイングランドのダービー・ラムズで1シーズンプレーした。その後、ソレント・スターズに戻り、2年間ベルギーのトゥルネー-イスタンプイシュとヘイメル・ロイヤルズで短期間ずつプレーした。[7] ロイヤルズでは1試合の出場のみであった。その後、ウジリはフィンランドのBC ノキアで3か月間プレーし、プレシーズンで2試合に出場したがその後ウェイブされた。[8] 最後にプレーしたのはデンマークだった。[3] 2002年にプロ選手としてのキャリアに終止符を打った後、ウジリはナイジェリアでユースのコーチをしていた。[9] ボストンでNBAのサマーリーグが行われた際に、デビッド・ソープと出会い、大学のコーチへと紹介された。2002年にオーランドで行われたドラフトトライアウトへと若いナイジェリアの選手に同行した際に、オーランド・マジックのスカウト部長だったゲイリー・ブロコー
役員キャリア