『マクベス』(Macbeth)は、1606年頃に成立したウィリアム・シェイクスピアによって書かれた戯曲である。勇猛果敢だが小心な一面もある将軍マクベスが妻と謀って主君を暗殺し王位に就くが、内面・外面の重圧に耐えきれず錯乱して暴政を行い、貴族や王子らの復讐に倒れる。実在のスコットランド王マクベス(在位1040年–1057年)をモデルにしている。
『ハムレット』、『オセロー』、『リア王』と並ぶシェイクスピアの四大悲劇の1つで、その中では最も短い作品であり、最後に書かれたものと考えられる。 史劇作品と同じく、出典は主にラファエル・ホリンシェッドの『年代記』(Chronicles of England, Scotland, and Ireland)第2版(1587年出版)である。ダンカン殺害の場面は「野心家の妻にそそのかされてダフ王を弑逆したドンワルド」のエピソードにもとづく[1]など、史劇に比べて自由な改変を加えているらしい。 戯曲でのマクベスは、主君を殺して王位を奪い、暴政を行って短期間でその報いを受けて滅ぼされる悪人として描かれているが、実際のマクベスは17年間の長期にわたって王位にあり、また当時は下剋上がしばしば見られる時代であって、マクベスの行為も悪行とは言えず、統治の実績もあり、戯曲に見るような暴君ではなかった。 四折判での刊行はなく、1623年のファースト・フォリオが最古のテキストであり、現存するテキストは全てこの版による。 全2,477行、その98%が韻文である。シェイクスピア劇としては『あらし(テンペスト)』・『間違い続き また、上演の記録も後述のように1611年より遡れない。従って創作年代はテキストの内証によるしかないが、何度も書き直されたうえ、初期のテキストは残っていないため、その確定は困難である。 現在知られる内容の『マクベス』(ファースト・フォリオに収録されたもの)の推定執筆年代は1606年頃である。これについては、バンクォーを祖と考えるステュアート家のスコットランド王ジェームズ6世が1603年にイングランドの王位を継承(ジェームズ1世)したことが大きく影響している。さらに、第2幕第3場の門番のセリフが、1605年に発覚した火薬陰謀事件に関与して裁判にかけられたイエズス会士、ヘンリー・ガーネット (Henry Garnet
原典
創作年代と書誌
更に、この作品はシェイクスピアの悲劇としてはあまりに短いこと、また内容的に幾つかの点で飛躍や省略と思われる箇所が存在することから、初めに長い版の『マクベス』があって、これをシェイクスピア自身が短縮したと考える者もいる。この短縮改訂説はデンマーク王クリスチャン4世が1606年にロンドンを訪問した際に宮中で本作が上演された可能性を考えることから生じる(次節参照)。宮中での上演には通常の上演は長すぎるので、そのために大幅にカットされたとするのであり、これも1606年に現在の『マクベス』が成立したとする根拠とされる。
その場合には現在のものより長い『マクベス』が先行して成立していた可能性を考えねばならないが、スコットランド王であったジェームズを賛美する劇の基本骨格は動かないことから、ドーヴァー・ウィルソンなどは1601年頃にシェイクスピアの劇団「宮内大臣一座」がスコットランドのエディンバラに赴いた際の成立を主張している。
また、この作品にトーマス・ミドルトン、またはミドルトン作品を知る無名の作家による加筆があることは定説化している。その加筆部分は、ヘカテが登場する場面、すなわち第3幕第5場の全部と、第4幕第1場のヘカテのセリフ(6行)と付随するト書きを含む10行程度だけだとされる。いずれも、ミドルトンの戯曲『魔女』(1615年)に出てくる歌の抜粋が挿入されていることからの推定である。なおこの変更は加筆だけでなく、いくらかの削除をした可能性があるが、シェイクスピア自身の手によって大幅な短縮化がなされた可能性もある以上、この際の削除部分を具体的に推察することは不可能である。
上演史トーマス・キーンが演じた『マクベス』劇のポスター(1884年)。
執筆と同じく初演も1606年ごろと推定されており、ジェームズ1世の義弟に当たるデンマーク王クリスチャン4世が1606年の7月から8月にかけてロンドンを訪問した際に行われた宮中での観劇会において本作が上演された可能性も推測されているが、現存している最古の上演記録は1611年4月に占星術師のサイモン・フォアマン(Simon Forman)がグローブ座で観劇したというものである。
17世紀中ごろには劇作家のウィリアム・ダヴェナントが、ダンスや音楽を取り入れたオペラ風『マクベス』を上演していたという記述が1708年の文献に残っている。1667年のサミュエル・ピープスの日記には、ダヴェナントの改作版『マクベス』は、これまでピープスが見た舞台の中で一番だと記されている。1744年にはデイヴィッド・ギャリックがオリジナルの復活という触れ込みで『マクベス』を上演したが、これもダヴェナントによる脚色の影響下にあり、原作にはない歌やダンスを交えたものであった。シェイクスピアの描いたままの形で上演されるようになるのは19世紀以降のことである。
2002年にはウエスト・エンドでショーン・ビーン主演で上演された。 3人の魔女の乱舞から始まる。「きれいは汚い、汚いはきれい」などという不可思議な台詞が劇の展開を暗示する。次いでスコットランド軍対反乱軍とノルウェー軍の戦場にて、スコットランド大勝利の報告を受ける国王ダンカン。戦果をあげたスコットランドの将軍にしてグラミスの領主マクベスは、 バンクォーと陣営に戻る途中、荒野で3人の魔女に出会う。
登場人物
マクベス
スコットランド王ダンカンの臣下、スコットランドの将軍、後にスコットランド王。
マクベス夫人
マクベスの妻。マクベス以上の野心に実行力をも兼ね備え、夫を叱咤して悪行を重ねさせる。
ダンカン
スコットランド王。マクベスを重用していたが、マクベスに暗殺される。
マルカム
ダンカンの長男。
ドナルベイン
ダンカンの次男。
バンクォー
スコットランドの将軍で、マクベスの友人。
フリーアンス
バンクォーの息子。
マクダフ
スコットランドの貴族、ファイフの領主。マクベスに妻子を殺され、マクベスを仇と狙う。
マクダフの妻と息子
マクダフがイングランドへ亡命したマルカムのもとへ走ったためマクベスに殺される。
レノックス、ロス、メンティス、アンガス、ケイスネス
いずれもスコットランドの貴族。
シーワード
ノーサンバランド伯、イングランドの将軍。
小シーワード
シーワードの息子。
3人の魔女
マクベスに、いずれ王になる、女から生まれた者にはマクベスを倒せない、バンクォーに、子孫が王になる、などの予言をする。
ヘカテ
呪術を司る女神。
3人の暗殺者
マクベスの指示でバンクォーやマクダフの妻子を殺害する。
マクベスの侍医
あらすじ3人の魔女に出会ったマクベス。丘の上から近づくノーサンブリア軍を眺めるマクベス。ジョン・マーティン作
第1幕