マイコンBASICマガジン
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マイコンBASICマガジン
Mycom BASIC Magazine
愛称・略称ベーマガ
ジャンルコンピュータ
刊行頻度
月刊
発売国 日本
言語日本語
出版社電波新聞社
雑誌名コード837(『月刊マイコン』『ラジオの製作』別冊時代)
836(独立創刊後)
刊行期間1982年6月10日(1982年7月号) - 2003年4月8日(2003年5月号)
姉妹誌ラジオの製作
月刊マイコン
電子工作マガジン
特記事項刊行期間は独立創刊後のもので、それ以前に『ラジオの製作』別冊付録・『月刊マイコン』『ラジオの製作』別冊として発行されたものがある。
本誌休刊後、『電子工作マガジン』のコーナー・別冊付録として再登場している。
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『マイコンBASICマガジン』(マイコンベーシックマガジン)は、電波新聞社1982年から2003年まで刊行していたホビーユーザー向けパーソナルコンピュータ(パソコン)関連雑誌。略称は「ベーマガ」。判型は当初B5、1990年4月号からA4変形。発売日は当初は毎月10日で、1986年2月号から毎月8日となった。

2015年電子工作マガジンでコーナーとして再登場し、2018年から別冊附録化されている。
概要

創刊当時、パソコンといえば、BASICインタプリタをROM内に搭載、もしくは標準で添付した8ビットパソコンホビーパソコン)やポケットコンピュータが主流だった。そしてパソコンの入門といえば、BASICのコマンドの文法からプログラミングまで、実際に動かして習得することだった。

本誌でもっとも特徴的なのは、読者が投稿したオリジナルのプログラムを掲載していたことである。当時はメーカーごとの仕様に基く、互換性の低い数十種類のBASIC言語が存在しており、本誌では各機種に対応したプログラムのリスト(ソースコードを印刷した物)を掲載していた。読者はこれを見ながら自分の手で入力し、そのプログラムが提供する主にゲームを楽しんだ。誌名のとおり、基本的にBASICのプログラムが掲載された一方、機械語を併用したものや、ごく一部ながらほとんどが機械語のプログラムもあった(ダンプリストをモニタで直接入力する形式ではなく、ダンプリストをバイナリに変換しながらメモリに配置するBASICプログラム)。後期には、時代の趨勢もありC言語DelphiHSPなど、BASIC以外の高級言語によるプログラムも掲載するようになった。

誌名が変わらなかったのは、「BASIC」の意味にBASIC単語以外に、基本(ベーシック)を大切にするプログラミング誌の意味が込められていたからだとされる[1]。この姿勢から紙面ではしばしば半ば冗談で「ベーマガは教育誌」という単語が踊っていた[1]

ゲーム以外にも、カロリー計算やキャラクタエディタなどといった、小規模ながら多岐にわたる「実用プログラム」も掲載された。1986年頃からは、ゲームメーカーの許可を得て、ゲームミュージックをパソコンで鳴らすプログラムや、楽譜も掲載されるようになった。

ゲームのプログラムリストを掲載していた雑誌としては、本誌の他に『I/O』、『PiO』、初期の『ログイン』などがあった。これらの雑誌では実行速度の遅いBASICのプログラムではなく、処理が高速でアクションゲームを作るのに有利な機械語のプログラムを掲載していることがほとんどだった。しかもアセンブリ言語のソースコードではなく、ダンプリストの形でプログラムが掲載されており、すなわち0からFまでの十六進数の羅列であるため、読者が直接プログラムの内容を読み取ることが難しかった上に、入力ミスをした場合に問題箇所を見付けて修正するにも技術を必要とした。それに対して、本誌が掲載するBASICはインタプリタ型の高級言語であるため、予約語は簡易な英語をベースとしており記述の意味を読み解くことが容易で、入力に不整合があればエラーメッセージが表示されるため、入力の動機が「ゲームを遊ぶこと」であっても、自ずとプログラムの学習に繋がっていった。

プログラムには、作者が変数の用途、アルゴリズムの解説、機械語を併用している場合はその解説、ちょっとしたテクニックなど簡単な説明を付けているものもあり、改造などによって更に理解を深めることも可能だった。このような性質から、当時はIT業界への登竜門のひとつとして本誌が位置づけられていた。ウルフ・チームに就職し『ソル・フィース』を製作したという経歴で本誌に紹介された[2]Bug太郎など、本誌のプログラム投稿者がそのままコンピューターゲームアプリケーションソフトウェアの本職のプログラマとなった例もある。

若年者、入門者向けの側面として、大学入試センター試験の数学で出題される「情報処理」分野の解説がある。BASICのプログラムや、アルゴリズムの考え方に特化した試験対策は、他の参考書ではまず見られなかった。
略歴
創刊

趣味に於ける電気・電子回路や電子工作関連の月刊誌『ラジオの製作』の別冊付録として、1981年4月発売の5月号から発行された。1982年3月[注 1]と5月[注 2]には、『月刊マイコン』・『ラジオの製作』別冊として単独で発売されている。その後、1982年6月発売の1982年7月号で、『ラジオの製作』から独立する形で創刊された。

創刊当時は「パソコン」という語が普及しておらず、後にパソコン(パーソナルコンピュータ)へ分類されるものについても一般的に「マイコン」(マイクロコンピュータの略)と呼ばれる事が多かったため、冠称がマイコンになっている。ただし姉妹誌の『月刊マイコン』がMy Computerの略だった事もあり[注 3]、本誌についても編集部は「マイコンピュータの略」と言っていた。

毎号数十本ものプログラムリストが掲載されてはいたものの、1機種あたりだと多くても数本程度しかないため、他機種のプログラムも活かせるよう、各機種のBASICの「方言」などについてまとめられた「移植テクニックマスター大作戦」という特集記事が、創刊号から長期に渡って連載された。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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