ボツリヌス菌
[Wikipedia|▼Menu]

ボツリヌス菌
顕微鏡で見たボツリヌス菌
分類

ドメイン:細菌 Bacteria
:フィルミクテス門
Firmicutes
:クロストリジウム綱
Clostridia
:クロストリジウム目
Clostridiales
:クロストリジウム科
Clostridiaceae
:クロストリジウム属
Clostridium
:クロストリジウム・ボツリヌム
Clostridium botulinum

学名
Clostridium botulinum
van Ermengem 1896

ボツリヌス菌(学名:Clostridium botulinum)は、クロストリジウム属細菌である。グラム陽性大桿菌および偏性嫌気性菌の中に芽胞の形で広く存在する。菌は毒素の抗原性の違いによりA-Gの7種類の型に分類され、ヒトに対する中毒はA, B, E, F型で起こる。A, B型は芽胞の形で土壌中に分布し、C, E型は海底や湖沼に分布する。
解説

ボツリヌスの語源ラテン語のbotulus(腸詰め、ソーセージ)であり、19世紀ヨーロッパでソーセージやハムを食べた人の間に起こる食中毒であったためこの名がついた。ドイツ医師詩人でもあったユスティヌス・ケルナー(ドイツ語版)は一連の中毒を脂肪分に含まれる毒性物質による神経障害と捉え、その後1896年ベルギーの医学者エミール・ヴァン・エルメンゲム (Emile van Ermengem) によって原因菌と毒性物質が発見・命名された。ハムやソーセージに発色剤として添加される亜硝酸塩は、発色作用よりもボツリヌス菌の繁殖を抑える目的で使用されている。

当初はBacillus属と考えられたことから、botulusに形容詞語尾「-inus」を付け、"Bacillus botulinus"と命名された。広く使われるボツリヌス菌という呼び名はこの時の種形容語に由来する。学名はラテン語として扱われることから、1923年にClostridium属へと変更された際、中性名詞であるClostridiumに合わせて中性化され、現在はClostridium botulinumと呼ばれている。ラテン語としてみた場合、Clostridium botulinum(クローストリディウム・ボトゥリヌム)は「ソーセージのクロストリジウム菌」という意味を帯びる。

ボツリヌス菌が作り出すボツリヌス毒素(ボツリヌストキシン)は毒性が非常に強く、生物兵器として研究開発が行われた。炭疽菌を初めとする他の生物兵器同様、テロリストによる使用が懸念されている。
致死量

ボツリヌス毒素致死量は体重70 kgのヒトに最も毒性の強いA型毒素を経口投与した場合約70 μg[1][2]と考えられており、1 gで約1万4300人分の致死量に相当する(ちなみに青酸カリは経口投与の場合5人/g)。自然界に存在する毒素としては最も強力である。
ボツリヌス症詳細は「ボツリヌス症」を参照

多くはボツリヌス毒素を含んだ食物を食べることで起こる。Clostridium botulinum が多く、まれにC. butyricum, C. baratli が原因菌となる。傷口にボツリヌス菌が感染して起こることもあるが、それほど多くはない。腸管外科手術後や大量の抗生物質を服用し腸内細菌が著しく減少している場合は発症しやすくなる。
乳児ボツリヌス症

腸内細菌叢が未発達の乳児が、ボツリヌス菌の芽胞を含有する蜂蜜黒糖、及びこれらを含む食品を摂取することにより起こる。芽胞は高温に耐える(下記参照)ため、一般的な加熱調理では蜂蜜中の芽胞除去は出来ない。乳児は、成人に比べ腸内細菌叢が未発達であることや、消化管が短いことから、成人ではで不活化されるボツリヌス菌が、乳児では小腸の腸管まで届いてしまうことが、発症の原因と考えられる。

芽胞は乳児の体内で発芽し、ボツリヌス毒素を作り出す。原因となる食物は黒糖[3][4]など、いくつか考えられているが、蜂蜜について因果関係が明白になっている[5][6]。そのため、1歳未満の乳児に蜂蜜を与えてはならない[7]昭和62年(1987年10月20日厚生省通知)。
症状

ボツリヌス毒素は主に四肢の麻痺を引き起こす。重篤な場合は呼吸筋を麻痺させ死に至る。その他、複視・構音障害・排尿障害・多汗・喉の渇きがみられる。一方、発熱はほとんどなく、意識もはっきりしたままである。

乳児ボツリヌス症の場合、便秘などの消化器症状に続き[8]、全身脱力が起きて首の据わりが悪くなる。

機序: ボツリヌス毒素は神経終末に作用し、アセチルコリン放出を阻害する。神経支配を受ける筋肉は弛緩性麻痺と副交感神経遮断症状を引き起こす。この作用は不可逆的で、神経終末が再生するまで回復しない。

予防と治療

ボツリヌス菌は芽胞となって高温に耐えることができるが、ボツリヌス毒素自体は加熱することで不活化する。A, B型菌を不活化させるには100℃で6時間、芽胞で120℃で4分間の加熱が必要であるが、ボツリヌス毒素自体は100℃で1-2分の加熱で失活される[9]。このため、ボツリヌス菌による食中毒を防ぐには、食べる直前に食品を加熱することが効果的である。
治療

中毒症状を発症した場合、抗毒素はウマ血清のみ(ただし、乳児ボツリヌス症では致死率が低いこともあり、一般的に使われない)。毒素の型毎に抗毒素もある。一般に「食餌性ボツリヌス症に対する抗毒素の投与は発症から24時間以内が望ましい」とされるが、24時間以上経過での投与でも効果が有ることが報告された[10]。ワクチンは研究者用にボツリヌストキソイドが開発されているが、中毒になってから用いても効果がない。また、米国においてボツリヌス免疫グロブリンが開発されている。
食品添加物による抑制

亜硝酸ナトリウムの添加は、ハム、ソーセージ、ベーコンコンビーフすじこたらこなどの食品加工分野においては、ボツリヌス菌の増殖を抑制する効果があり、また、肉の血色素のヘモグロビンミオグロビンに作用して、加熱処理により赤色を形成することから、広く使用されている[11]
中毒例
日本

日本では、
飯寿司(いずし)[12]熟寿司(なれずし)、切り込み(きりこみ)などの料理による中毒が北海道東北地方を中心に報告されている(E型による)。

1969年宮崎県庁食堂で会食した県職員ら数十人がボツリヌス菌による食中毒。2人が死亡した。原因として、西ドイツから輸入されたキャビアが疑われた[13]

1984年、熊本県で製造された真空パックの辛子蓮根を食べた36人(1都12県)がボツリヌス菌(A型)に感染し、内11名が死亡した。原料のレンコンを加工する際に滅菌処理を怠り、なおかつ真空パックし常温で保管流通させたために、土の中に繁殖する嫌気性のボツリヌス菌がパック内で繁殖したことが判明した。

2006年12月8日厚生労働省は、井戸水の飲用から宮城県の0歳男児に乳児ボツリヌス症が発症したと発表[14]。厚生労働省によれば、飲料水による同症が確認されたのは世界で初めてとのこと。乳児ボツリヌス症は、国内では1986年千葉県での初発例以来約20例(生後1-9ヶ月)の報告がある。しかし半数以上は、蜂蜜を食べて発症したケース。患者宅の井戸水から検出されたボツリヌス菌の汚染源は特定されていない。またどのような飲料水について、乳児ボツリヌス症の発症リスクが高いのかは必ずしも解明されていない。


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:27 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef