ホーコン6世
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ホーコン6世
Hakon VI Magnusson
ノルウェー国王
スウェーデン国王
(共同統治)
ホーコン6世のシール
在位ノルウェー王:1343年 - 1380年
スウェーデン王:1362年 - 1364年

出生1340年

死去1380年
 ノルウェーオスロ
埋葬 ノルウェーオスロ、聖マリア教会
配偶者マルグレーテ・ヴァルデマースダッタ
子女オーロフ2世(オーラヴ4世)
家名フォルクング家
王朝フォルクング朝
父親マグヌス7世(4世)
母親ブランカ・アヴ・ナムール
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ホーコン6世マグヌソン(Hakon VI Magnusson, 1340年 - 1380年)は、ノルウェー王(在位:1343年 - 1380年)。一時スウェーデン王も兼ねた(父と共治、在位:1362年 - 1364年)。ノルウェー王およびスウェーデン王マグヌス・エーリクソンと王妃ブランカの次男。スウェーデン共治王エリク12世の弟。オーロフ2世(オーラヴ4世)の父[1]
生涯

1343年に父マグヌス7世の共治王としてノルウェー王位につき、1355年に親政を開始した[2]。一方、兄エリクがスウェーデン王位を継ぐことが決められ、これによりノルウェーとスウェーデンの同君連合は解消されることとなったが[2]、エリクは1356年にスウェーデン共治王に即位したものの1359年に死去した[3]。1364年に父マグヌスが死去した後は、ホーコンの従兄弟メクレンブルク公アルブレヒト3世がスウェーデン王位についた。

1359年、デンマーク王ヴァルデマー4世の次女マルグレーテと婚約[4]、1363年に結婚した[1]1375年、舅のヴァルデマー4世が嗣子無くして死去したため、王妃マルグレーテはデンマーク王国参事会を味方につけ、ホーコン6世との間の息子オーロフ2世(1370年 - 1387年)をデンマーク王位に即けた[5]。オーロフ2世は1380年に父ホーコン6世が死去した後にオーラヴ4世としてノルウェー王位も継承し、母マルグレーテはデンマークおよびノルウェーの摂政となった(マルグレーテ1世[5]
脚注^ a b Louda & Maclagan, p. 64
^ a b 百瀬 他、p. 98
^ 百瀬 他、p. 100
^ 百瀬 他、p. 101
^ a b 百瀬 他、p. 103

参考文献

百瀬宏 他 『新版 世界各国史21 北欧史』 山川出版社、1998年

Ji?i Louda, Michael Maclagan, Lines of Succession, Little,Brown & Company, 1981.
ホーコン6世の紋章

先代
マグヌス7世ノルウェー王
1343年 - 1380年次代
オーラヴ4世
摂政:マルグレーテ1世

先代
マグヌス4世スウェーデン王
1362年 - 1364年
共同統治者:マグヌス4世次代
アルブレクト










ノルウェー国王
ユングリング家

ハーラル1世872-933

エイリーク1世930-934

ホーコン1世934-961

ハーラル2世961-976

ラーデヤール家

ホーコン・シグルツソン(事実上の君主)976-995

ユングリング家

オーラヴ1世995-1000

スキョル家

スヴェン1世999-1015

ユングリング家

オーラヴ2世1015-1028

スキョル家

クヌーズ1030-1035

スヴェイン・クヌートソン(父と共治)1030-1035

ユングリング家

マグヌス1世1035-1047

シュル家

ハーラル3世1046-1066

マグヌス2世1066-1069

オーラヴ3世1066-1093

ホーコン・マグヌソン1093-1095

マグヌス3世1093-1103

オーラヴ・マグヌソン1103-1115

エイステイン1世1103-1123

シグル1世1110-1130

マグヌス4世1130-1135

ハーラル4世1130-1136

シグル2世1136-1155

インゲ1世1136-1161

エイステイン2世1142-1157

マグヌス・ハーラルソン1142-1145

ホーコン2世1157-1162

マグヌス5世1161-1184

スヴェレ1177-1202


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