ホワイトビューティー
欧字表記White Beauty
品種サラブレッド
性別牝
毛色白毛
生誕1963年5月7日
父Ky. Colonel
母Filly o'Mine
母の父Holdall
生国 アメリカ合衆国
生産者Herman K. Goodpaster
生産牧場Patchen Wilkes Farm
競走成績
生涯成績16戦2勝
獲得賞金5,561ドル
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ホワイトビューティー(英語: White Beauty、1963年5月7日[1] - 没年不明)は、アメリカ合衆国で生産された競走馬・繁殖牝馬。アメリカ合衆国のジョッキークラブに初めて白毛で登録されたサラブレッドである[2][3][4][5]。 ケンタッキー州レキシントンのパッチェンウィルクスファーム (Patchen Wilkes Farm) にて、ハーマン・K・グッドパスター (Herman K. Goodpaster) によって生産された[3][5][6]。父親のケンタッキーカーネル (Ky. Colonel) は栗毛、母親のフィリーオマイン (Filly o' Mine) は黒鹿毛であったにもかかわらず、産駒は全身が白い被毛で覆われていた。当時ジョッキークラブは登録されるサラブレッドの毛色として白毛という分類を受け付けていなかったが、数ヶ月の議論と前例のないカリフォルニア大学でのDNA検査までもが行われた末に新しく白毛が追加され、ホワイトビューティーと名付けられた牝馬は白毛のサラブレッドとして登録された[3][7]。 競走馬としての成績は16戦して2勝、獲得賞金は5,561ドルであった[6]。 現役引退後はパッチェンウィルクスファームで繁殖牝馬となった。産駒のうち白毛で登録されたのは1975年産の牝馬ビューティーンモーション (Beauty 'n Motion) のみだが、粕毛として登録されている1970年産の牡馬ビジーフェロー (Busy Fellow) と1972年産の牝馬ワールドオビューティー (World O'Beauty) も、両親とも粕毛ではないため実際は斑のある白毛であった可能性があり[3]、実際ワールドオビューティーは白毛の産駒を産んでいる。 馬名生年月日毛色父性調教師馬主生産者戦績(獲得賞金)出典 ホワイトビューティーの白毛はメラニン細胞の定着・分化に関わるKIT遺伝子の突然変異によるもので、この突然変異はW2と名付けられている[4][5]。具体的には第13エクソンにミスセンス突然変異 (c.1960G>A, p.G654R) が見つかっている[17]。
生涯
初仔Busy Fellow1970年3月7日粕毛Sir Ribot牡Herman K. Goodpaster1戦0勝[8]
2番仔Dark Beauty1971年2月21日黒鹿毛ないし青鹿毛Tudor Grey牝10戦、勝ち鞍あり[9]
3番仔World O'Beauty1972年4月20日粕毛Reverse牝Michael D. TinkerHerman K. Goodpaster7戦2勝(12,725ドル)[10][11]
4番仔Mr. Herman1973年5月1日栗毛High Tribute?James A. GildayWilcox W Jr36戦6勝(22,118ドル)[12][13]
5番仔Beauty 'n Motion1975年2月7日白毛Spotted Line牝不出走[14]
6番仔Vennie Redberry1976年3月17日芦毛Tudor Grey牡Henry M. MaziarzBroady & Maziarz69戦7勝(115,277ドル)[15][16]
W2白毛遺伝子