ホパノイド (Hopanoids) はトリテルペノイドの中で、ホパン骨格を持つ天然の五環式化合物である。最初に報告されたホパノイドはヒドロキシホパノンで、ナショナル・ギャラリーの2人の化学者が絵画のニスとして用いられるダンマル樹脂の研究中に単離したものである[1]。ホパンという名は、この樹脂が得られるフタバガキ科のHopea属から取られた(属名は植物学者ジョン・ホープに由来する)。ホパノイドは一部の陸上植物や菌類などの真核生物からも見つかっているが、細菌により広く分布していることが現在では知られている[2]。真核生物内では構造的に類似したステロイド(例えばコレステロール)の方が広く分布しており、ホパノイドの分布は限定的である。ホパノイドは地中で分解されにくいため、砂礫中や石油貯留層から様々な種類のものが発見されており、過去の地球の歴史においてバクテリアの存在およびその種類を示すバイオマーカーとして広く用いられている[3]。古細菌からは発見されていない[4][5]。 シーケンシングが行われた細菌ゲノムの約10%には、ホパノイド合成酵素であるスクアレンホペンシクラーゼ
機能
ホパノイドは細菌の細胞膜において、脂質ラフトの形成のほか、細胞膜透過性・剛性・流動性など様々な性質を調整していると推定される。真核生物ではステロールが同等の機能を担っている[7]。ホパノイドとステロールの機能の類似性は、細菌の細胞膜でよく見られるホパノイドであるジプロプテンと、動物の細胞膜に普遍的に存在するステロールであるコレステロールの構造の類似性に見ることができる[7]。ホパノイドはステロールの欠乏を完全に補うことはできないようであるが、ステロール同様、膜を凝縮させ透過性を低下させる[8]。また、一部のガンマプロテオバクテリアや、地衣類やコケ植物などの真核生物ではステロールとホパノイドの双方を産生することが示されており、両者はそれぞれ異なる機能を担っている可能性が示唆される[2][9]。ホパノイドが細胞膜に詰め込まれる方法は、どのような官能基が付加されているかによって変化する。バクテリオホパンテトロール(bacteriohopanetetrol)は脂質二重層中で直立して存在していると推測されるが、ジプロプテンは内側と外側の層の間に局在し、膜を厚くして透過性を低下させていると推測される[10]。
ジプロプテロールは、細菌の一般的な膜脂質であるリピドAと相互作用することで膜構造を整える。その方法は、真核生物の細胞膜でコレステロールとスフィンゴ脂質が相互作用する方法と類似している[7]。ジプロプテロールとコレステロールは、スフィンゴミエリンの単分子層と糖鎖修飾されたリピドAの単分子層の双方において、凝縮を促進しゲル相の形成を阻害することが示されている。さらにジプロプテロールとコレステロールは、糖鎖修飾されたリピドA単分子層のpH依存的な相転移を防ぐ[7]。膜を介した酸耐性におけるホパノイドの役割は、スクアレンホペンシクラーゼに変異を持つホパノイド欠損細菌の細胞膜では酸による生育阻害や細胞膜の形態異常が観察されることからもさらに支持される[11][12]。
土壌細菌ストレプトマイセス属の空気中の菌糸では、細胞膜から空気中への水の損失を最小限にしていると考えられている[13]。フランキア属細菌において窒素固定を行う diazovesicle という器官の膜の脂質二重層をより引き締め、酸素を透過しにくくすると考えられている[14]。ブラディリゾビウム属では、リピドAに化学的に結合したホパノイドは膜の安定性と剛性を高め、ストレス耐性とクサネム属(英語版)の植物内での生存を高める[15]。シアノバクテリアNostoc punctiformeでは、アキネート(英語版)と呼ばれる生存のための構造体の外膜に大量の2-メチルホパノイドが局在している[16]。 ホパノイドはC30テルペノイド(トリテルペノイド)である。生合成はC5イソペンテニル二リン酸(IPP)とC5ジメチルアリル二リン酸(DMAPP)から開始され、両者が結合してより長鎖のイソプレノイドが形成される[17]。IPPおよびDMAPPの合成は、種に応じてメバロン酸経路と非メバロン酸経路のいずれかを介して進行する。真核生物では前者が一般的であるのに対し、細菌では後者がより一般的である[18]。DMAPPは1分子のIPPと縮合してC10ゲラニル二リン酸(GPP)となり、さらに次のIPP分子と縮合してC15ファルネシル二リン酸(FPP)となる[17]。スクアレン合成酵素
生合成
スクアレン合成
環化Methylococcus capsulatusのスクアレンホペンシクラーゼのαバレル構造
続いて、スクアレンホペンシクラーゼがスクアレンの精巧な環化反応を触媒する。スクアレンはエネルギー的に有利な全いす型の立体配座となり、5つの環、6つの共有結合、9つのキラル中心が1段階の反応で形成される[21][22]。shc遺伝子にコードされるこの酵素は、テルペノイドの生合成を担う酵素に特徴的な2つのαバレルフォールドを持ち[23]、細胞内ではモノトピック、すなわち細胞膜に埋め込まれているが貫通していない、ホモ二量体として存在する[21][24]。In vitroでは、この酵素の基質特異性は低く、2,3-オキシドスクアレン(英語版)の環化も行う[25]。
活性部位の芳香族残基は、基質にエネルギー的に不利なカルボカチオンを形成するが、迅速な多環化反応によってクエンチされる[22]。スクアレンの末端のアルケン結合を構成する電子がE環を閉じるためにホペニルカルボカチオンを攻撃した後の、環化反応の最後のサブステップでは、C-22カルボカチオンをクエンチする機構によって異なるホパノイド産物が形成される。水の求核攻撃によってジプロプテロールが形成される一方、近接する炭素の脱プロトン化によってホペン異性体のうちの1つ、多くの場合ジプロプテンが形成される[2]。 環化反応の後、ホパノイドは同じオペロンのshc、hpnにコードされる他のホパノイド合成酵素による修飾を受ける[26]。例えば、ラジカルSAMタンパク質HpnHはジプロプテンにアデノシル基を付加することでC35ホパノイドであるアデノシルホパンを形成し、さらに他のhpn遺伝子産物によってさらに修飾されてバクテリオホパンテトロール(BHT)が形成される[27][28]。
官能基付加