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やノートページでの議論にご協力ください。ホテルアイビス六本木(HOTEL IBIS ROPPONGI)は、1976年(昭和51年)9月4日から2014年(平成26年)1月1日までの約37年間、東京都港区六本木七丁目14番地、六本木交差点から徒歩1分、青山1丁目へ向かう外苑東通り左側歩道に面して存在したシティホテルである。
営業施設はアイビス共同ビルの5階から最上階までの9フロアー、運営は株式会社アイビスであった。 1976年(昭和51年)9月4日、ホテルを中心としたアイビス共同ビルはヨーロッパ調デザインとして「レンガと花と緑」をコンセプトに開業。地上13階・地下2階、鉄骨・鉄筋コンクリート造. 建築延床面積12,500m2。エレベーター4基・エスカレーター6基が設置されていた。 その後、金子鶴一が代表に、金子済永が副代表に就任した際には内装の大規模なリノベーションが適宜行われた。これによりアイビス共同ビルは最盛期を迎えた[1]。 2013年11月時点で、客室は6F - 12F 182室。スイートルーム1室を完備。共立施設として株式会社アイビス直営として1Fにカフェレストラン「ラ・パンセ」、3,4Fに個室レストラン カラオケルーム「ラブネット」、4Fに各種プランに応じるボールルームの「アイビスホール」、13Fにイタリア料理リストランテ「サバティーニ ローマ」、1Fにゲームセンターの「六本木ボルテックス」があり、他社の経営として5Fに「エスカイヤクラブ」、、1Fにコンビニエンスストアのデイリーヤマザキ、とんかつ屋のかつや、寿司屋のおつな寿司、スタンドバー「ルプ」、になっていた。1Fの裏通りに面しては平面駐車とタワー駐車 合計30台収容(有料)があった。 2014年(平成26年)1月1日に閉業。 2014年1月10日午前9時、アイビス共同ビル1Fの管理本部室前ロビーで、ケネディクスへ「デイリーヤマザキ」「おつな寿司」を除く全館の鍵が引き渡された。「デイリーヤマザキ」は1月31日に営業を終了、「おつな寿司」は彼岸明けをもって仮店舗に移転し「レム六本木」の開業にあわせるべく営業を継続した。また深廣寺も住居部の改築のため、彼岸明けに仮住居への引越しを完了した。 2014年3月31日、ケネディクスの依頼を受けて数名の部下と共に2014年1月10日でアイビスを退職したアイビス共同ビル統括防火・防災管理者兼管理本部の業務に任じていた太田寛道から解体業者へ全館の鍵が引き渡された。 跡地は阪急阪神ホテルズが運営する「レム六本木」が2017年3月30日に開業した[2][3]。
概要
沿革
1973年2月 立原ビル4階にホテルアイビス設立準備委員会を発足。メンバーは保阪惠義(ホテルアイビス発案者、元 双葉専務)、太田寛治(自由民主党 (日本)田中栄一衆議院議員選対遊説部長・東龍太郎都知事選対遊説部長・鮎川金次郎参議院議員選対遊説部長及び秘書・塚本商事(京橋)不動産部々長を経て博栄商事不動産部次長(代表 児玉博隆