ヘンリー・デイヴィッド・ソロー
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Henry David Thoreau
ヘンリー・デイヴィッド・ソロー

生誕 (1817-07-12) 1817年7月12日
アメリカ合衆国 マサチューセッツ州 コンコード市
死没1862年5月6日(1862-05-06)(44歳)
アメリカ合衆国 マサチューセッツ州 コンコード市
国籍 アメリカ合衆国
出身校ハーバード大学
職業作家
著名な実績ウォールデン 森の生活
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ヘンリー・デイヴィッド・ソロー(Henry David Thoreau、1817年7月12日 - 1862年5月6日)は、アメリカ合衆国作家思想家詩人博物学者
来歴・人物

マサチューセッツ州コンコード市出身。ハーバード大学卒業[1] 後、家業の鉛筆製造業、教師測量の仕事などにも従事したが、生涯を通じて定職につかず、やがて学生時代に熟読した『自然』の著者で超絶主義者ラルフ・ワルド・エマーソンらと親交を結んだ。

自費出版した処女作『コンコード川とメリマック川の一週間』(1849年)は、若くしてこの世を去った兄とのボート旅行をまとめた随想で、当時の社会には全く受け入れられなかった。

ウォールデン池畔の森の中に丸太小屋を建て、自給自足の生活を2年2か月間送る。代表作『ウォールデン 森の生活』(1854年)は、その記録をまとめたものであり、その思想は後の時代の詩人や作家に大きな影響を与えた。コンコード市のソロー一家の墓

1855年頃から体調を崩し、その後も野外での活動を継続したが、1861年12月頃から体調が悪化し、1862年5月6日、結核の為コンコードで44歳で死去した。コンコードのスリーピー・ホロー墓地に一家と共に埋葬されている。

自身の没後に『メインの森』(1864年)や『コッド岬』(1865年)などの旅行記や、自然誌エッセー、日記、書簡集等、数多くの作品が出版されている。ソローの作品は、人間と自然との関係をテーマにしたものが多く、自然文学、今で言うネイチャーライティングの系譜に位置づけられる。

多くの著作に現在の生態学に通じる考え方が表明されており、アメリカにおける環境保護運動の先駆者としての評価も確立されている。


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