ヘンリー・カットナー
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ヘンリー・カットナー
誕生 (1915-04-07)
1915年4月7日
アメリカ合衆国カリフォルニア州 ロサンゼルス
死没1958年2月4日(1958-02-04)(42歳)
アメリカ合衆国・カリフォルニア州 ロサンゼルス
職業短編小説作家、小説家
言語英語
ジャンルサイエンス・フィクション, ファンタジー, ホラー小説
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ヘンリー・カットナー(Henry Kuttner、1915年4月7日 - 1958年2月4日)は、アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス出身のSF作家

1936年「ウィアード・テイルズ」誌にクトゥルフ神話ものの短編「墓場の鼠」でデビュー。1940年に作家のC・L・ムーアと結婚して以来、多数の変名で小説を共著してきたことで知られている[1]

1958年、心臓発作で死去。
カットナーとムーア

夫妻は1940年代から1950年代にわたって多数の小説を共著しており、それらの多くはヘンリー・カットナー&C・L・ムーア、もしくはルイス・パジェット(Lewis Padgett)およびローレンス・オドネル(Lawrence O'Donnell)の名前で発表されている[1]

また、ムーアはカットナー名義で3本の小説を発表しているらしく、特に「Clash by Night」、「The Portal in the Picture(Beyond Earth's Gates)」の2作は彼女によって書かれたとされる。

カットナーとムーアを良く知るL・スプレイグ・ディ・キャンプによれば、彼らの協力は大変強かったため、作品が完成した後で、作品のどの部分をカットナーとムーアのどちらが書いたのか思い出すことができないことがしばしばあったという。同じくディ・キャンプによれば、二人の共同作業では、一人が書きかけた文節、あるいは文章の途中からであってももう一人が続けてタイプライターを打ち、まったく違和感なく文章を続けていくことができたらしい。

カットナーの作品で、もっとも人気があるのはルイス・バジェット名義で発表された「ギャロウェイ・ギャラハー」シリーズであった。このシリーズは、後に短編集「Robots Have No Tails」にまとめられた。彼の死後編纂されたペイパーバックの再版の序文でムーアは、「ギャロウェイ・ギャラハー」シリーズについては全編をカットナーがひとりで執筆していたと書いている。

2004年に、ムーアと共同で第4回コードウェイナー・スミス再発見賞を贈られた。

2007年、ニュー・ライン・シネマはルイス・パジェット名義の短編「ボロゴーヴはミムジー」を原作とした映画「The Last Mimzy」(監督:ロバート・シェイ(Robert Shaye))を公開した。
カットナーが与えた影響

作家マリオン・ジマー・ブラッドリーは、カットナーから大きな影響を受けていることを公言しているひとりであり、ロジャー・ゼラズニイは、彼の作品「真世界アンバー」シリーズはカットナーのThe Dark Worldの影響を受けていると述べた。

カットナーの友人リチャード・マシスンは、彼の1954年の小説「アイ・アム・レジェンド(I am Legend)」をカットナーに捧げ、彼の援助および奨励に対する感謝を述べている。

レイ・ブラッドベリもまたカットナーに対して彼の最初の本「黒いカーニバル(Dark Carnival)」を捧げ、カットナーは最も勤勉で、最も忍耐強い先生の1人であったと述べた。
クトゥルフ神話

カットナーはハワード・フィリップス・ラヴクラフトから影響を受けてクトゥルフ神話の作品を執筆しており、彼の神話には独自性がある[2][3]。神イオドヴォルヴァドスニョグタヒュドラなどを創造し、夫人C・L・ムーアの神性であるファロールを導入している。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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