ヘモレオロジー
[Wikipedia|▼Menu]

ヘモレオロジー(: hemorheology) または 血液レオロジー (: blood rheology)とは、血液とその構成要素(血漿血球など)の流体としての性質を研究するレオロジーの一分野である。血液の適切な組織灌流は、血液の流動学的性質が適正な範囲内にあることにより得られる。これら流動学的性質の変動は疾患の病態生理において重要な役割を果たしている[1]。血液の粘度を決定する要因は、血漿の粘度、ヘマトクリット、そして赤血球の力学的性質である。赤血球は、その変形能(英語版)と凝集能(英語版)の観点から,力学的に特有の振る舞いを示すことで知られている[2]。そのため、血液は非ニュートン流体として振る舞う。

非ニュートン流体としての血液の性質を示すものとして、血液の粘度は剪断速度(英語版)(ずり速度)に応じて変わる。心臓の最大収縮期のように剪断速度が高い状況では血液の粘度は下がり、一方拡張末期で血流速度が下がると血液の粘度は上昇する。それ故、血液は剪断減粘性(英語版)を持つ流体であると言える。
血液の粘性

血液の粘性は血液が流れる際の抵抗や粘着性を表す指標である。この生物物理学的性質は、血流の血管壁に対する摩擦や、静脈還流量、心拍出に要する心臓の仕事量、そして体内の各組織臓器への酸素運搬の効率などを決定する重要な要因となり、更にこれらの心血管系の機能が、血管抵抗(英語版)、前負荷後負荷、そして組織灌流にそれぞれ直接関係することになる。

血液の粘性を決定する最も主要な要因はヘマトクリット、赤血球変形能、赤血球凝集能、そして血漿の粘度である。血漿の粘度はその含水率と血漿中に含まれる高分子要素により決定される。即ち、血漿蛋白質の濃度とその蛋白質の種類に影響されることになる[3]。しかし、実際血液の粘性に最も強い影響を与えるのはヘマトクリットである。例えばヘマトクリットが1上昇しただけで、粘度は4%上昇する[2]。この関係はヘマトクリットの上昇に伴い更に鋭敏になり、多血症の場合のようにヘマトクリットが60%から70%程度まで上昇すると、[4] 血液の粘度はの10倍程になり、血管内を流れる血流は抵抗の上昇のために著明に遅延することになる[5]。その結果として、組織への酸素運搬効率の低下に繋がる[6]。血液の粘性に影響を与えるその他の要因は温度がある。温度が下降すると粘度は増加するため、低体温症の際には循環障害を起こすことがある。
臨床との関連

血漿の粘度の上昇は冠動脈疾患や末梢血管疾患の病態の進行に相関する[3][4]。また従来から提唱されてきた多くの心血管系リスク因子と心血管イベントに与える影響はそれぞれ全血の粘度と相関がある。高血圧、トータルコレステロールLDL-コレステロール中性脂肪カイロミクロンVLDL-コレステロール糖尿病、そしてメタボリックシンドローム肥満喫煙男性、また加齢などの因子は全て血液粘度に相関がある。一方HDL-コレステロールは血液粘度に対し負の相関がある。貧血は血液粘度を減少させ、結果として心不全に繋がることがある[7]
正常範囲

単位を Pas とすると、血液粘度の正常範囲は37℃で 3 × 10?3 から 4 × 10?3であり[8]CGS単位系ではそれぞれ 3 ? 4 センチポアズ(cP)である。以下の式でμは粘度、ρは密度、νは動粘度を表す。

μ = ( 3 ∼ 4 ) ⋅ 10 − 3 Pa ⋅ s {\displaystyle \mu =(3\sim 4)\cdot 10^{-3}\,{\text{Pa}}\cdot {\text{s}}}

ν = μ ρ = ( 3 ∼ 4 ) ⋅ 10 − 3 1.06 ⋅ 10 3 = ( 2.8 ∼ 3.8 ) ⋅ 10 − 6 m 2 /s {\displaystyle \nu ={\frac {\mu }{\rho }}={\frac {(3\sim 4)\cdot 10^{-3}}{1.06\cdot 10^{3}}}=(2.8\sim 3.8)\cdot 10^{-6}\,{\text{m}}^{2}{\text{/s}}}

血液粘度の測定は粘度計を用いる。様々な剪断速度の条件において測定可能な回転粘度計などを用いて測定出来る[9]
血液の粘弾性

粘弾性は、心臓が血液を全身に拍出する際に、赤血球の変形により蓄えられる弾性エネルギーに由来する血液の特性である。心臓から血液に伝達されたエネルギーは、一部は弾性体としての細胞に蓄えられ、また別の一部は粘性として散逸し、残ったエネルギーが血液の運動エネルギーとなる。心拍動を考慮に入れることにより弾性の寄与が明瞭になり、血液を純粋な粘性流体として捉える考え方は不適切であることが分かる。血液は通常の流体とは異なり、より正確に言うと弾性体としての細胞の懸濁液(もしくはゾル)として記述することが出来る。

赤血球は血液の体積の約半分を占め、弾性を有する。この弾性が血液の粘弾性に対して最も大きく寄与している。正常範囲のヘマトクリットでも赤血球の占める割合が大きいため、血球は他の近傍の血球との相互作用無しには移動もしくは変形することが出来ない。計算によると(A. Burton[10])、通常の状態で赤血球の(変形を考慮しない場合の)最大の体積の割合は58%である。赤血球同士の間のスペースが限られているため、血液が流れるためには細胞間の相互作用が重要な役割を果たす。この相互作用と血球の凝集能は血液の粘弾性に対する大きな寄与因子となっている。また赤血球の変形・凝集はその配置や方向が血流の影響を受けており、血液の粘弾性に寄与する第三の主要な因子として関連している[11][12]

血液の粘弾性に寄与するその他の因子として、血漿の粘度と組成、温度、流速や剪断速度がある。これらの要素が相まって、人間の血液の粘弾性、非ニュートン流体、そしてチキソトロピーといった特性を構成している[13]

赤血球は静止しているか剪断速度が非常に小さい時にエネルギー的に起こりやすい反応として、凝集して積み重なる傾向がある(連銭形成)。凝集する誘引となるのは細胞表面の荷電基とフィブリノゲングロブリンである[14]。この赤血球の凝集の構造は、細胞の変形が最も小さくなるような配列で構成されている。非常に小さい剪断速度のもとでは、血液の粘弾性に与える影響は赤血球の凝集が最も支配的であり、対して変形能の寄与は少ない。剪断速度が増加するにつれて凝集体のサイズは小さくなり、さらに増加すると赤血球は、血漿が間を流れることが出来るような間隙を作り、また他の血球が滑って通過出来るように再配列する。この低値?中間程度の剪断速度の範囲では、血球は近傍の血球が通過できるように小刻みに動く。そして凝集が粘弾性に与える影響は消失し、赤血球の変形能の寄与が増加し始める。剪断速度が大きくなると、赤血球は伸展・変形し、血流の方向に従って並ぶようになる。この時血漿により分離された血球の層が形成され、血球の層が血漿の層の上を滑走し、血液はより流れやすくなる。粘性・弾性は減少し、血液の粘弾性に与える影響は赤血球の変形能が支配的となる。
Maxwell モデル

小さい立方体状の体積を占める血液を仮定する(図1)。心拍動による外力の影響と、境界からの剪断力を受けるものとする。

この立方体の変形は次の二つの要素が考えられる:

可塑的な弾性変形

粘性によるエネルギーを受けることによる滑り

外力が消失すると、弾性変形は元に戻るが滑脱した分は戻らない。このため、非定常流においては弾性変形の部分だけが顕在化して見える。定常流では、滑り量は増加し続けるが、時間変化しない定常的な外力は弾性変形に寄与しない。図1 - 弾性と粘性の影響による変位

外力が加わった時の血液の評価に必要な力学的パラメーターは以下の様に表される。剪断応力: τ = F A {\displaystyle \tau ={\frac {F}{A}}} 剪断歪み: γ = D H {\displaystyle \gamma ={\frac {D}{H}}} 剪断速度: γ ˙ = V H {\displaystyle {\dot {\gamma }}={\frac {V}{H}}}


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:47 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef