プロヴァンス
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プロヴィンス」とは異なります。
フランス国内におけるかつてのプロヴァンス伯領の位置

プロヴァンス (Provence、プロヴァンス語:ProvencaまたはProuvenco)は、南フランスの南東部を占める地方で、東側は対イタリア国境、西は標高の低いローヌ川左岸までである。南は地中海に面し、よって、今日のプロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏の大部分が重なる。

歴史的には、ローマ帝国終焉後、プロヴァンスは536年にフランク王国に含まれ、947年にはブルグント王国内のプロヴァンス侯領となった。その後エクス=アン=プロヴァンスを首都とするプロヴァンス伯領となったが国境は変動した。ナポリ女王ジョヴァンナ1世の死後の1388年、ヴァール川東側の領土は失われてサヴォイア伯国(fr)に併合され、サヴォワ内でこの地方はニース伯領となった。約1世紀後の1481年、プロヴァンス伯領はフランスルイ11世が相続した。プロヴァンスはフランスの州となった。この時代、現在のオート=アルプ県ドーフィネ州の一部となっていた。ヴネッサン伯領は1274年から教皇領となり、1348年からアヴィニョンが教皇領となって、フランス革命中の1791年にフランスに併合された。

中世のプロヴァンスは、したがってアルプス山脈の南を含み、ヴァール川左岸の支流にも及んでいた。プロヴァンスの歴史は高山地方の一部も入っている。北はドーフィネを含み、東は1388年にテール=ヌーヴ・ド・プロヴァンス(Terres-Neuves de Provence)の名称でサヴォワ家に分割されたニソワ地方を含んでいる。ニソワ地方は1526年から1860年まで行政上ニース伯領となっていた。20世紀後半からプロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏が設置され、中世の偉大なるプロヴァンスがオート=アルプやニソワ地方と一緒になって復元された。
由来

プロヴァンスの名は、ローマ時代のプロウィンキア(Provincia、属州)にちなむ。プロヴァンスはガリア・トランサルピナ(Gallia Transalpina、ローマの言葉でアルプスを越えて、を意味する)の一部であり、のちガリア・トランサルピナは紀元前1世紀にガリア・ナルボネンシスと改名している。
地理
行政区分

歴史的、文化的にプロヴァンスに含まれる県県紋章面積人口県都郡庁所在地人口密度
04
アルプ=ド=オート=プロヴァンス県6944 km2153393人ディーニュ=レ=バンバルセロネットカステラーヌフォルカルキエ22 人/km2
05オート=アルプ県5549 km2137000 人ギャップ (フランス)ブリアンソン23 人/km2
06アルプ=マリティーム県4299 km21070000人ニースグラース247 人/km2
13ブーシュ=デュ=ローヌ県5112 km21905829人マルセイユエクサン=プロヴァンス, アルルイストル372 人/km2
83ヴァール県5973 km2967054人トゥーロンブリニョールドラギニャン162 人/km2
84ヴォクリューズ県3566 km2529077人アヴィニョンアプトカルパントラ148 人/km2

ドローム県南部はプロヴァンスに含まれるとみなされている(プロヴァンサル語が話されている。サン・ポール・レ・トロワ・シャトー司教座がプロヴァンスに属している。ディオワ地方とヴァランティノワ地方はかつてプロヴァンス侯の家臣であった)。

文化的にプロヴァンスに含まれる県県紋章面積人口郡庁所在地主要コミューン人口密度
26ドローム県2359 km2120700人ニヨン (フランス)モンテリマールピエールラット51 人/km2


エクサン=プロヴァンスの噴水

アルルのレピュブリック広場

アルルのサニョン門

フォルカルキエのノートルダム・デュ・ブルゲ大聖堂

地形
河川アヴィニョンを流れるローヌ川ソルグ川ヴェルドン峡谷

プロヴァンスの西側の境界となっているローヌ川は、フランスの主要河川の1つである。ローヌ川は何世紀にもわたってフランス内陸部と地中海都を結ぶ商取引や通信の高速道となってきた。川はスイスヴァレー州のローヌ氷河を水源とする。ローヌ川はリヨンソーヌ川と合流する。ローヌ渓谷に沿って、右岸からはセヴェンヌのエリュー川、アルデシュ川、セーズ川、ガルドン川、ガール川、左岸からはイゼール川ドローム川ウヴェーズ川デュランス川が合流する。

アルルでローヌ川は二手に別れ、全ての支流ともに地中海に流れ込むカマルグのデルタを形成する。一方はグラン・ローヌ川、他方はプティ・ローヌ川と呼ばれる。

ローヌ川の支流デュランス川は、ブリアンソン近郊のアルプス山脈に源を発する。川は南西へ向かい、アンブランシストロンマノスクカヴァイヨンを流れ、アヴィニョンでローヌ川と合流する。

デュランス川の支流ヴェルドン川は、バルセロネット近郊の標高2400mの南西アルプスに源を発する。南西方向に175kmにわたって流れ、アルプ=ド=オート=プロヴァンス県とヴァール県を通過し、マノスク近郊のヴィノン=シュル=ヴェルドンでデュランス川に合流する。石灰岩からなるヴェルドン峡谷は「ヴェルドンのグランド・キャニオン」と呼ばれ、全長25km、深さ700mにわたって続き、登山や観光で人気である。

アルプ・マリティーム山脈(fr)のコル・ド・ラ・カワイヨル(2326m)近郊でヴァール川は生まれ、全体的に南東方向へ向かって120kmあまり流れ、ニースとサン=ローラン=デュ=ヴァール間の地中海へ注ぐ。1860年にニースがフランスに併合される以前は、ヴァール川はフランス=イタリア間の国境となっていた。ヴァール川はヴァール県の名称の由来でありながらヴァール県内を流れていない、ユニークな例となっている。
カマルグカマルグのオオフラミンゴ

面積930 km2以上のカマルグは、西ヨーロッパ最大の河川デルタ地帯である。それは大規模な塩水のラグーンまたは池で囲まれた広大な平野である。海からは砂州によって切り離され、アシに覆われた湿地帯が取り囲んでいる。この湿地帯は徐々に広大な耕作地になっている。

カマルグには400種以上の野鳥が生息する。塩水の池はヨーロッパにわずかしかないオオフラミンゴの生息地となっている。湿地は数多くの昆虫の種の生息地でもあり、国内のどこにもいない凶暴な蚊が生息していることで知られる。また、雄牛やカマルグ馬も有名である。
モン・ヴァントゥアルピーユ山脈セザンヌが描いたサント・ヴィクトワール山


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