プリオン
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プリオン

スクレイピーに感染したマウスの神経細胞に凝集しているプリオン(赤で着色)
概要
分類および外部参照情報
ICD-10A81
ICD-9-CM046
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プリオン(: prion[注釈 1])は、タンパク質から成る感染性因子である。一般的用法としてプリオンは理論上の感染単位を意味する。科学的表記でPrPCは多くの組織に認められる内因型のプリオンタンパク質(PrP)を指し、他方、PrPSCは神経変性を惹起するアミロイド斑形成の原因となるミスフォールド型のPrPを指す。プリオン(prion)の語は、「タンパク質性の」を意味する英語のproteinaceousと「感染性の」を意味するinfectiousの頭文字に加えて、ビリオン(virion)との類似から派生して造られた合成語である[1]

現時点でこの性質を有する既知因子は、いずれもタンパク質の誤って折りたたまれた(ミスフォールドした)状態を伝達することにより増殖する。ただし、タンパク質そのものが自己複製することはなく、この過程は宿主生物内のポリペプチドの存在に依存している[2]。プリオンタンパク質のミスフォールド型は、ウシのウシ海綿状脳症(BSE、狂牛病)や、ヒトのクロイツフェルト=ヤコブ病(CJD)といった種々の哺乳類に見られる多くの疾患に関与することが判っている。既知の全プリオン病はなどの神経組織の構造に影響を及ぼし、現時点でこれらは全て治療法未発見の致死的疾患である[3]

プリオンは仮説によれば、異常にリフォールドしたタンパク質の構造が、正常型構造を有するタンパク質分子を自身と同じ異常型構造に変換する能力を持つことで伝播、感染するとされる。既知の全プリオンはアミロイドと呼ばれる構造体の形成を誘導する。アミロイドとは、タンパク質が重合することで密集したβシートから成る凝集体である。この変形構造は極めて安定で、感染組織に蓄積することにより組織損傷や細胞死を引き起こす[4]。プリオンはこの安定性により化学的変性剤や物理的変性剤による変性処理に耐性を持ち、除去や封じ込めは難しい。

プリオンの様式を示すタンパク質は菌類でもいくつか発見されているが、哺乳類プリオンの理解を助けるモデルとなることから、その重要性が注目されている。しかし、菌類のプリオンは宿主内で疾患につながるとは考えられておらず、むしろタンパク質による一種の遺伝的形質を介して進化の過程で有利に働くのではないかと言われている[5]
発見

1960年代、放射線生物学者のティクバー・アルパー(英語版)と生物物理学者ジョン・スタンレー・グリフィスは、伝達性海綿状脳症の原因は細菌でもウイルスでも無い、タンパク質のみからなる感染性因子によって引き起こされるという仮説を提唱した[6][7]。この仮説は、スクレイピークロイツフェルト=ヤコブ病を引き起こす謎の感染性因子が、核酸を損傷するはずの紫外線放射に耐性を持つことの発見を説明するために提唱されたものだった。

フランシス・クリックは『分子生物学のセントラルドグマ』の第2版(1970年)の中で、スクレイピー伝播を説明するグリフィスのタンパク質単独仮説の潜在的重要性を認めている[8]。クリックは論文中で、タンパク質からタンパク質、RNADNAへ一次構造情報が伝わることはないと主張したが、グリフィスの仮説がセントラルドグマの反例となる可能性を孕んでいることも言及した。

この修正版セントラルドグマを定式化した理由の一部に、当時ハワード・テミンデヴィッド・ボルティモアによって発見されたばかりの逆転写に対応することがあったが、テミンとボルティモアは1975年にこの業績でノーベル生理学医学賞を受賞しており、タンパク質単独仮説も、未来のノーベル賞の「大本命」と考えられるようになった可能性がある。

1982年、カリフォルニア大学サンフランシスコ校スタンリー・B・プルシナーは、彼のグループが仮説上の存在だった感染性因子の精製に成功し、同因子の主成分が特定のタンパク質一種類であることが判明したと公表した(ただし、このタンパク質の単離に満足の行く成功を収めたのは、この公表の2年後である)[9]

プルシナーはこの感染性因子を「プリオン」(prion)と命名したが、プリオンを構成する特定のタンパク質自体は、プリオンタンパク質(Prion Protein、PrP)の名で呼ばれ、感染型と非感染型の両構造を取りうる物質として扱われる。1997年、プルシナーはプリオン研究の業績によりノーベル生理学医学賞を受賞した[10]
構造
アイソフォーム

プリオンを構成するタンパク質(PrP)は全身に見られるタンパク質で、健常なヒトや動物にも認められる。ただし、感染部位で見つかるPrPは異なる構造を取り、プロテアーゼ(タンパク質を分解する酵素の総称)に耐性を示す。PrPの正常型はPrPC、PrPの感染型はPrPScと表記される(ここで、Cは「細胞性の」を意味する cellular または「一般的な」を意味する common、Scはスクレイピー(Scrapie)を意味する)[11]。PrPCは明確な構造を取るが、PrPScは多分散系として比較的不明確な構造を取っている。PrPはin vitroでは程度の差はあれど明確なアイソフォーム(同一タンパク質が取りうる異なる構造)に折りたたまれやすくなり、これがin vivoで病原性となるアイソフォームとどのような関係を持つのかは未だ明らかにされていない。
PrPC

PrPCは、細胞膜上に存在する正常なタンパク質である。ヒトの場合は209アミノ酸から構成される分子量35 - 36 kDaのタンパク質で、1つのジスルフィド結合を持ち、αヘリックス構造を多く含んでいる。いくつかの異なる膜トポロジー型が存在し、糖脂質にアンカーされた1種類の膜表面型と、2種類の膜貫通型がある[12]。機能は未だ完全には解明されていない。PrPCは(II)イオンと高親和的に結合する[13]。この意義は不明であるが、おそらくPrPの構造か機能に関係しているのではないかと推測されている。PrPCはプロテイナーゼKにより即座に断片化されるほか、in vitroではホスホイノシチドホスホリパーゼC(PI-PLC)がグリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)糖脂質アンカーの開裂を触媒し、PrPを細胞表面から遊離させる[14]。PrPが神経細胞の細胞間接着に機能することや、脳内の細胞間シグナル伝達に関与することが示唆されている[15]
PrPSc

PrPの感染性アイソフォームであるPrPScは、正常型のPrPCのコンホメーション(形状)を変化させて、感染性のアイソフォームに変換する能力を持つ。変換された感染性アイソフォームは、今度は別のPrPCのコンホメーションを変化させ、これが繰り返されていく。PrPScの精確な三次元構造は明らかになっていないが、PrPCに多く含まれていたαヘリックス構造の代わりに、PrPScではβシート構造が高い割合を占めている[16]。この異常なアイソフォーム同士が凝集すると、高度に構造化されたアミロイド線維が形成される。このアミロイド線維が沈着するとアミロイド斑になる。個々の線維の末端は、自由なタンパク質分子が結合できるテンプレートとして働き、これによって線維が伸長することが可能になる。感染性のPrPScと同一のアミノ酸配列を持つPrP分子のみが、伸長する線維に取り込まれる。
機能

PrPの機能については依然として物議を醸しているが、依存的に抗酸化剤として働くことが報告されている[17]
長期記憶

PrPの正常機能の一つとして、長期記憶の維持がある可能性が示唆されている[18]。マグリオらは、PrPCをコードする遺伝子を欠損したマウスが、海馬長期増強に変化を与えることを示した[19]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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