プラスミド
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染色体DNAとプラスミドを示す細菌のイラスト(大きさの比率は実際と異なる)

プラスミドは、染色体DNAから物理的に分離している、独立して複製することができる細胞内の小さな染色体外DNA分子である。一般的には、小さな環状の二本鎖DNA分子として、細菌古細菌細胞質内で広く見られる。ただし、プラスミドは酵母などの真核生物にも存在する場合がある[1][2]。自然界では、プラスミドはしばしば生物の生存に利益をもたらし、抗生物質耐性などの選択的な利点を与える遺伝子を保持している。一般的に、染色体は大きく、通常の条件下で生活するために必要なすべての遺伝情報が含まれているのに対して、プラスミドは非常に小さく、特定の状況や条件で役立つ可能性のある追加の遺伝子が含まれていることが多い。例えば、細菌の接合を起こすもの(Fプラスミドなど)や、抗生物質に対する耐性宿主にもたらすものなどがある。

人工的に作られた人工プラスミドは、分子クローニングのベクターとして広く生命科学や遺伝子工学の分野で利用されており、宿主生物内で遺伝子組み換えをおこなったり組換えDNA配列の複製を促進する際に利用される。合成プラスミドの入手は容易であり、インターネット経由でも購入可能である[3][4][5]。古典的な大腸菌を用いた遺伝子クローニングの手法では、まずプラスミドを細胞から抽出し、次いで制限酵素で切断し、切断部位に増幅しようとするDNA断片(プラスミドと同じ制限酵素で切り出したもの)をDNAリガーゼで結合させる。この組み換えプラスミドを大腸菌に導入し、大腸菌を大量培養することで、組み換えDNAを増幅することができる。一例として、土壌菌の一種であるアグロバクテリウムがもつTiプラスミドは、植物の遺伝子導入において頻繁に利用される。

プラスミドは適切な宿主内で自律的に複製できるDNAの単位であるレプリコンと見なされる。ただし、ウイルスゲノムのようなプラスミドは、一般的に生命として分類されていない[6]。プラスミドは、主に接合を介した形質転換というプロセスにより、ある細胞から別の細胞へと移動しうる[7]。この遺伝物質の宿主から宿主への伝播は、遺伝子水平伝播のメカニズムの1つであり、そのためプラスミドはモバイロームの一種であると言える。キャプシドと呼ばれる保護タンパク質コートに遺伝物質を包むウイルスとは異なり、プラスミドは裸のDNAであり、新しい宿主に移すために遺伝物質を包むのに必要な遺伝子をコードしていない。ただし、一部のクラスのプラスミドは、自身の転移に必要な共役性線毛をコードしている。プラスミドのサイズは1-200kbp以上までとさまざまであり[8]、細胞内のプラスミドのコピー数も1から状況によっては数千程度まで増加する。複製機構が類似しているプラスミド同士は同一宿主菌内では共存できない特性がある(不和合性, incompatibility)。原核細胞の構造。en:Capsule:莢膜、en:Cell wall:細胞壁、en:Plasma membrane:細胞膜、en:Cytoplasm:細胞質、en:Ribosomes:リボソーム、en:Plasmid:プラスミド、Pili:性繊毛、Bacterial flagellum:真正細菌鞭毛、en:Nucleoid( en: Circular DNA):核様体
歴史

プラスミドという用語は、1952年にアメリカの分子生物学者であるジョシュア・レーダーバーグ(Joshua Lederberg)によって提案された。染色体外遺伝性決定因子を指す用語として提案された[9]。この言葉の初期の用法には、複製サイクルの少なくとも一部で染色体外に存在する細菌の遺伝物質が含まれていたが、この説明では細菌ウイルス(バクテリオファージ)のゲノムも含まれてしまう。そのため、プラスミドの概念は、自律的に複製する遺伝要素を含むように、徐々に洗練されていった[10] 。1968年の後半にはプラスミドという用語を染色体外遺伝要素を指す用語として採用することが決定され[11] 、ウイルスと区別するために、「染色体の外側に排他的または主に存在し、自律的に複製する」という定義がなされた[10]
特性宿主細菌へのプラスミドの組み込みには2つのタイプがある。非組み込みプラスミドは上図のように複製が進行するが、エピソームでは下図のように宿主染色体に組み込まれることがある。

プラスミドが細胞内で独立して複製するためには、複製起点として機能できるDNA領域を持っている必要がある。自己複製ユニットを持つプラスミドはレプリコンと呼ばれる。典型的な細菌レプリコンは、プラスミド特異的複製開始タンパク質(Rep)の遺伝子、イテロンと呼ばれる繰り返し単位、 DnaAボックス、隣接するATリッチ領域などの多くの要素で構成されている[12]。小さいプラスミドは宿主の複製酵素を利用して自身のコピーを作成するが、大きいプラスミドでは複製に必要な遺伝子を自身でコードしている場合がある。いくつかのタイプのプラスミドは宿主染色体に挿入することができ、これらの統合プラスミドは原核生物ではエピソームと呼ばれる(後述)[13]

プラスミドはほとんどの場合、少なくとも1つの遺伝子を持っている。プラスミドによって運ばれる遺伝子の多くは、宿主細胞にとって有益である。たとえば、通常であれば宿主細胞にとって致死的であったり極端に成長が制限されるような環境であっても、プラスミドを利用することで生存できるようになる場合がある。このような生存に寄与する遺伝子としては、例えば抗生物質耐性や重金属耐性に関する遺伝子が挙げられる。他には、細菌が宿主の防御を無力化しコロニーを形成することを可能にするような病原性因子を生成したり、特定の代謝機能を与えて細菌が特定の栄養素を利用できるようにしたり(例えば、窒素固定する能力を与えるなど)、有毒な有機化合物を分解する能力の与えたりする例が知られている[14]。また一部のプラスミドは、宿主細胞の表現型に特段の影響を及ぼさないものもあり、このようなプラスミドは潜在プラスミドと呼ばれる[15]

天然に存在するプラスミドは、その物理的特性は様々である。サイズは1千塩基対(kbp)未満の非常に小さなミニプラスミドから、時に数百万塩基対(Mbp)の非常に大きなメガプラスミドまでの範囲になる。そのため、メガプラスミドと小さな染色体(ミニ染色体)の間では、大きさにほとんど違いがない。プラスミドは一般に環状であるが、線状プラスミドの例も知られている。これらの線状プラスミドは、それらの末端を複製するための特殊なメカニズムを必要とする[16]

プラスミドは、1から数百程度の数で個々の細胞に存在する。1つの細胞に見られるプラスミドの個数はコピー数と呼ばれる。コピー数は、複製開始がどのように調節されているか、そしてどの程度の分子サイズがあるか、などの要素によって決定される。一般にプラスミドが大きいほど、コピー数が少なくなる傾向がある[17]。各細菌に1つから数個程度の少ないコピー数しか存在しないようなプラスミドは、細胞分裂時にプラスミドを失なう細胞が出現する危険性がある。そのため、このようなシングルコピープラスミドは、細胞分裂時に両方の娘細胞にコピーを積極的に分配するための特別なプラスミドの分配システム持っており、例えばparABSシステムやparMRCシステムなどが知られている。
分類とタイプ細菌のDNAプラスミド(染色体断片)の電子顕微鏡写真。単一の細菌染色体ループと思われるDNA鎖の電子顕微鏡写真。細菌接合の概要。

プラスミドは、共役プラスミド(接合プラスミド)と非共役プラスミドに大きく分類することができる。共役プラスミドには、異なる細胞間の性的接合を促進する一連の導入遺伝子が含まれている[18]接合の複雑なプロセスでは、プラスミドは、いくつかの導入遺伝子によってコードされる性線毛を介して、ある細菌から別の細菌に導入される[19]。一方で非共役プラスミドは単独で結合を開始することができないため、別の共役プラスミドの助けを借りることで細胞間を移動する。両者の中間的なプラスミドも存在し、これらは転移に必要な遺伝子セットを部分的にしか持っていない。このような中間的なプラスミドは、共役プラスミドに寄生的に存在し、共役プラスミドの存在下では高い頻度で細胞間を移動することができる。

プラスミドはまた、互換性で分類することもできる。微生物はさまざまな種類のプラスミドを保持することができるが、互換性がある場合にのみ、異なる種類のプラスミドが単一の細菌細胞に同時に存在することができる。逆に2つのプラスミドで互換性がない場合、どちらか一方が細胞から急速に失われてしまう。したがってプラスミドは、それらが共存できるかどうかに応じて、互換性グループに分類することができる。互換性のないプラスミドは通常、同じ複製メカニズムや分割メカニズムを持っているため、単一の細胞に共存することができない[20][21]

さらに、機能によってプラスミドを分類することもできる。


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