国王ハーラル5世
面積49 km2
人口0人
時間帯UTC+1
ISO 3166-1BV / BVT
ccTLD.bv
ブーベ島
所在地ノルウェー
所在海域大西洋
座標.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}南緯54度26分00秒 東経3度24分00秒 / 南緯54.43333度 東経3.40000度 / -54.43333; 3.40000
ブーベ島(ブーベとう、ノルウェー語: Bouvetoya、英語: Bouvet Island)は、南大西洋の亜南極に浮かぶノルウェー領の火山島である。2022年現在、無人島である。ケープタウン(南アフリカ)の南南西約 2,500 km に位置する。最も近い陸地(南極大陸)との距離は 1,700 km であり、地理的に世界で最も隔絶した孤島である。島には無人の気象観測所がある。
ノルウェー王国の一部ではなく属領という位置づけにあり、国際標準化機構の定めるISO 3166では単独の国名コード BV / BVT が与えられている。そのため、孤絶した無人島であるにもかかわらず、アマチュア無線やインターネットなどの分野では、国に準ずる地域として扱われている。
地理
位置海氷が取り巻くブーベ島(右下が北)
南アフリカの南南西約2,500km、サウスサンドウィッチ諸島の東約1,900kmの位置にある。付属の小島を除けば周辺に島の姿のない絶海の孤島であり、最も近い陸地は約1,700km離れた南極大陸のドロンニング・モード・ランド(クイーン・モード・ランド)である[1]。
人が定住する集落がある最も近い場所は、約2,260km離れたトリスタンダクーニャである。
地形島の地図
島の93%は氷河であり、島の東海岸と南海岸を覆っている。波の浸食作用によって海岸は急な崖となっており、海岸沿いにはラース島 (Lars Island) などの小さな岩や属島が散在している。島には港湾設備がなく、沖合に投錨地があるだけで、アクセスは困難である。船からヘリコプターでアクセスするのが最も容易な上陸方法である。
海岸線はしばしば海氷 (Polar ice packs) に覆われる。島の最高地点はオラフ峰 (Olavtoppen) と呼ばれる780 mの山である。島の中央には氷に覆われた火山の火口があり、ヴィルヘルム2世台地 (Wilhelm II Plateau)と呼ばれている。島の西海岸にある溶岩棚は1955年から1958年にかけて形成されたもので、鳥たちのよい営巣地となっている。
この島は、大西洋中央海嶺の最南端部に位置する[2]。島の西約275km には、アフリカプレートと南アメリカプレート、南極プレートの境界となるブーベ三重点があり、大西洋中央海嶺と南西インド洋海嶺が接続する。 ブーベ島西海岸(2011年12月)
歴史
発見ブーベ島南東海岸(1898年、Chun隊による)
この島はおそらく、1739年1月1日にフランス東インド会社のジャン=バティスト・シャルル・ブーヴェ・ド・ロジエ (Jean-Baptiste Charles Bouvet de Lozier) によって発見された。ブーヴェは艦船 Aigle と Marie を率いる将校であり、「ブーベ島」の名は彼に由来する。しかし、島の位置についての計測が不正確であり、南緯54度・東経11度と東へ8度もずれて記録されてしまった。ブーヴェは周航を行わなかったので、発見された陸地が島であるのか大陸の一部であるのかさえはっきりしなかった。1772年にはジェームズ・クックがブーヴェの島を発見するために南アフリカから航海を行ったが、ブーヴェが報告した地点で島影を確認することはできなかった。クックは、ブーヴェが氷山を島と誤認したと結論づけ、引き上げている。
1808年、イギリス・ロンドンの捕鯨会社サミュエル・エンダービー社 (Samuel Enderby & Sons) の捕鯨船 Snow Swan の船長ジェームズ・リンゼイ (James Lindsay) によって島が発見された。