『ブンブンたいむ』は、1979年(昭和54年)4月2日 [1]から1982年(昭和57年)3月[注釈 1]までNHK総合テレビジョンの幼児向け番組『おかあさんといっしょ』内で放送されていた人形劇である。 番組の最初に放送[注釈 2]。放送日は月曜日から金曜日で、金曜日に放送した最初の人形劇。1話5分。同時並行で放送されていた『ミューミューニャーニャー』を除き、歴代7作目にあたる[8]。前作『ゴロンタ劇場』が、原作・脚本担当の山元護久の病死により絶筆になったため急遽、制作された。 当初は『ゴロンタ劇場』と同様に、着ぐるみキャラクターが子供たちの前で演劇をする内容だった[9]が、1981年(昭和56年)4月6日放送分をもって内容が大きく変更され、2024年(令和6年)現在と同じく別撮り方式に変更された。実写映像のみでアニメーション版は無く、本コーナー以外で登場は「ブンブンホイ」のみだった。 同じく『ゴロンタ劇場』に続き、キャラクター全員が男の子である[10]。また、キャラクターの動物が、レッサーパンダ、キツネ、おしらせどりとバラバラで、年齢と一般公募で名前が付けられた「ごじゃえもん」以外に名字が与えられた、初めての人形劇である[11]。 ごじゃえもん役の肝付兼太は、前々作『うごけぼくのえ』のカリ以来2度目の出演となった[12]。 1985年(昭和60年)4月1日から『おかあさんといっしょ』の再放送チャンネルが教育テレビに移動し[13]、その時に放送中だった次作『にこにこ、ぷん』は本放送は総合テレビ[14]、再放送は教育テレビで放送されることとなった。そのため本作は全話、総合テレビでのみおよび元号が昭和の内に放送された最後の人形劇である[7]。 ブンブン、つね吉、ごじゃえもん(放送開始当初はおしらせどり)の3匹(正確には2匹と1羽)が繰り広げる楽しい話。 毎回つね吉は、ブンブンとごじゃえもんをうまく口車に乗せて、自分だけいい目を見ようとするが[要説明]、いつも最後はごじゃえもんの反撃を受ける。 本作放送開始と同時に輪島直幸と瀬戸口清文以外の出演者が全員交代。3年間の放送期間のうち、メンバー変更は1981年(昭和56年)の1回のみで、初代身体表現のおねえさんの馮智英が加入した。なお、本作放送中一切変動が無いメンバーは、1974年(昭和49年)から参加している8代目たいそうのおにいさんの瀬戸口清文の1人である。
概要
あらすじ
キャスト
ブンブン・イザトナルトブン
声 - 小原乃梨子[15]主人公。レッサーパンダの男の子。4歳。一人称は「僕」で、立ち位置は中央。素直でおっとりとしていて極度のマイペース。その名の通り、いざとなると「ブン」と呼ばれる。各キャラクター共、絵描き歌があった。マイペースだが、努力家でもある。
いなりやま・つね吉[注釈 3]
声 - 山田康雄[15]キツネの男の子。5歳。語尾に「ワイワイ」とつけて喋る。疑問文の語尾には「そらむし」をつける。口癖は「だってばさってば」「あたりき」「この世の中でタダなものは空気だけなのよね」。また、オカマみたいな喋り方をする。一人称は基本「あたし」だが、まれに「俺様」を使うこともある。立ち位置は左。物知りでちょっとずる賢い。面倒くさがり屋で、しっぽを箒代わりにして掃除をする。いじめっ子だが義理と人情には厚い。また、食いしん坊で、トカゲの死体を乾燥バナナと勘違いして食べたこともある。つね吉が何かを提案したとき、ごじゃえもんがぼけたことを言って、つね吉に「頭悪い」とつっこまれ、ブンブンが正解を言って、つね吉に「頭良い」と褒められるのが落ちである。当時、番組内で「コンコンクシャンのうた」が歌われた時には彼のことも歌詞に含まれ、客演してオーバーアクションを演じていた。
ごじゃえもん
声 - 肝付兼太[15]おしらせどりの男の子。3歳。語尾に「ごじゃる」や「ごじゃえもん」とつけて喋る。一人称は「あたい」で、立ち位置は右。おしらせどりはくちばしが拡声器の形をしていて、背中にゼンマイの螺巻があり、ゼンマイがきれると動きが鈍くなる。事件が起こると「大変でごじゃる、大変でごじゃる」と騒ぐ。ゼンマイを逆に巻くと「てけすた。てけすた。」(てけすたは助けての逆読み)と言いながら後ずさりする。当初はおしらせどりの名で呼ばれていたが、一般公募でごじゃえもんの名で呼ばれるようになる。
共演者
輪島直幸(司会のおにいさん、1979年4月2日 - 1981年4月3日)
Size:81 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
担当:undef