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出典検索?: "ブリッジポート" コネチカット州
市旗市章
愛称 : "The Park City" (パークシティ/公園の街)
標語 : ""Industria Cresimus" - ラテン (私たちは業界で成長しています)"
位置
フェアフィールド郡内の位置
歴史
成立日1821年
行政
国 アメリカ合衆国
州 コネチカット州
郡フェアフィールド郡
ブリッジポート
地理
面積
市域50.2 km2 (19.4 mi2)
陸上 8.8 km2 (3.4 mi2)
市街地1,205 km2 (465 mi2)
人口
人口(2020年現在)
市域148,654人
備考[1]
その他
等時帯東部標準時
夏時間東部夏時間
公式ウェブサイト : www.bridgeportct.gov
ブリッジポートのダウンタウンブリッジポートの歴史的建築物のひとつ、バーナム博物館
ブリッジポート(Bridgeport)は、アメリカ合衆国コネチカット州のフェアフィールド郡にある都市。人口は14万8654人(2020年)で、コネチカット州最大の都市である。スタンフォードやノーウォークと都市圏を形成している[2]。ブリッジポートはニューヨークの北東約100kmに位置しており、広域ではニューヨーク都市圏に含まれる。
興行師P・T・バーナムは市の建設に貢献し、1871年から1872年まで市長を務めた。かつては重要な製造都市であり、ゼネラル・エレクトリック、シンガー[3]、ハーベイ・ハッベル、レミントン・アームズ など500社の工場があった[4][5]。ブリッジポートはフライングディスク発祥の地として知られる。もともとフリスビーとは同市に本社を置くパイ会社の名であった。しかしイェール大学の学生がパイ皿を逆さにして投げて遊んでいたところ思いのほかよく飛び、それがフライングディスクの原型となった。そのパイ皿にFrisbeeという社名が刻印されていたことから「フリスビー」という別名がついた。また、ブリッジポートはジョン・メイヤーの出身地としても知られている。
歴史1836年頃のブリッジポート(John Warner Barber 画)
ニューイングランドの他地域同様、初期のブリッジポートは農業と漁業に支えられていた。やがて19世紀中盤に入ると、ブリッジポートは水深の深い湾の奥にあったため良い港となり、造船が発達した。また捕鯨の基地にもなった。1840年に鉄道が開通すると、こうした港湾都市としての特徴は一層強まった。
港の存在はブリッジポートの工業化を促した。19世紀後半になると、ブリッジポートでは製粉機、真鍮製部品、馬車、ミシン、鞍、弾薬などの産業が発達した[5]。1910年までに、ブリッジポートコネチカット州で 102,054人を擁し、ニューヘイブンに次いで2番目に大きな都市になった。第一次世界大戦中に Remington Arms によって最初に建設された5階建て、13の建物からなるゼネラル・エレクトリックの工場。
1920年代に入ると、ブリッジポートではクー・クラックス・クラン(KKK)が勢力を張るようになった。KKKはコネチカット州全土に支持を広め、全盛期の1925年には15,000人もの支持者を集めた。しかし翌1926年にKKK内部で分裂が起こり、それに伴って衰退、州内各都市ごとの支部で細々と活動を続けるのみになった。
1930年頃、ブリッジポートは500以上の工場を抱える工業都市に発展した。移民も流入し、人口が爆発的に増加した。
ブリッジポートは、大恐慌のさなかの 1933年に社会主義者の市長を選出したときに話題になった。イタリア人、ハンガリー人、スロバキア人、ユダヤ人、イギリス人、ドイツ人、スウェーデン人、およびアメリカに移住した他のヨーロッパ人が、この時点でブリッジポートの人口の大部分を占めていた。1930年代後半に、鉄道のおかげで、プエルトリコ人とアフリカ系アメリカ人が仕事のためにブリッジポートに移動し始めた[5][6]。
しかし第二次世界大戦後、特に1970年代から1980年代にかけては、ブリッジポートは州内の各都市同様、苦難の中に置かれるようになった。アメリカ合衆国北部全体に広がった工業の衰退はブリッジポートでも例外ではなかった。それまで市の経済を支えていた工業の衰退は失業の増加をもたらし、治安を悪化させた。ブリッジポートはやがて殺人と麻薬絡みの犯罪で悪名が轟くようになった。加えて、エイズの感染も広がった。市内の工場跡は軒並み汚染が酷く、市に甚大な環境汚染をもたらしている。また、市の一部は完全に廃墟と化してしまった。
20世紀末から21世紀に入り、ブリッジポートはようやく失業と人口減少から抜け出し、地域のサービス業の中心地として、またニューヨーク大都市圏をなす郊外都市としての役割を担いつつある。