ブラッド・ケセロウスキー
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ブラッド・ケセロウスキー
2015年のケセロウスキー
生誕Bradley Aaron Keselowski
(1984-02-12) 1984年2月12日(40歳)
アメリカ合衆国ミシガン州
業績2012 ナスカー スプリントカップ・シリーズ チャンピオン
2010 ナスカー ネイションワイド・シリーズ チャンピオン
2009 Aaron's 499 勝者
表彰2008, 2009, 2010 Nationwide Series Most Popular Driver
モンスターエナジー・NASCARカップ・シリーズでの経歴
11年の間312レース出場
車番-チームNo. 2 (ペンスキー・レーシング)
2017年の順位4th
最高位1st (2012)
初戦2008 Dickies 500 (テキサス)
最終戦2018 O'Reilly Auto Parts 500 (テキサス
初勝利2009 Aaron's 499
最終勝利2017 Alabama 500 (タラデガ)

優勝数10位以内PP
2415114


NASCARエクスフィニティ・シリーズでの経歴
11年の間250レース出場
車番-チームNo. 22 (ペンスキー・レーシング)
2017年の順位90th
最高位1st (2010)
初戦2006 Ameriquest 300 (オートクラブ)
最終戦2018 DC Solar 200 (フェニックス)
初勝利2008 Federated Auto Parts 300 (Nashville)
最終勝利2018 DC Solar 200 (フェニックス)

優勝数10位以内PP
3716920


NASCARガンダー・アウトドアーズ・トラック・シリーズでの経歴
11年の間65レース出場
2015年の順位90th
最高位21st (2005)
初戦2004 Kroger 250(マーティンズビル)
最終戦2015 Pocono Mountains 150 (ポコノ)
初勝利2014 UNOH 200 (ブリストル)

優勝数10位以内PP
1151


april 14, 2018現在。

ブラッド・ケセロウスキー(Bradley Aaron Keselowski 1984年2月12日 - )は、アメリカ合衆国ミシガン州ロチェスターヒルズ出身のNASCARドライバー。2017年現在は、チームペンスキーからモンスターエナジー・NASCARカップ・シリーズにフル参戦しており、エクスフィニティ・シリーズにもNo.22でスポット参戦している。また、2008年よりブラッド・ケセロウスキー・レーシングのオーナー兼ドライバーとして、キャンピング・ワールド・トラック・シリーズに参戦している。
経歴
NASCAR

2004年、20歳でNASCARクラフツマン・トラック・シリーズ(現キャンピング・ワールド・トラック・シリーズ)にスポット参戦、第3戦マーティンズビルよりNASCARドライバーとしてのキャリアをスタートする。

2005年にはクラフツマン・トラック・シリーズにフル参戦。翌年以降は主戦場を上位カテゴリに移し、トラックシリーズには不定期にスポット参戦を続けるものの、2014年に1勝したのみであった。

2007年、キース・コールマン・レーシングよりカーナンバー23でネイションワイド・シリーズ(現エクスフィニティ・シリーズ)にフル参戦をするが、開幕戦デイトナ500は予選不通過(DNQ)、その後もクラッシュやエンジントラブルなどに見舞われ、トップ10フィニッシュ0回と不振が続いたため、第15戦ナッシュビルを最後にチームを離脱。後にJRモータースポーツに移籍し、カーナンバー88で第20戦シカゴランドよりシリーズ復帰する。復帰後の14レースでトップ10フィニッシュ5回とまずまずの成績を残した。

2008年も引き続きJRモータースポーツよりネイションワイド・シリーズに参戦。第15戦ナッシュビルにてNASCARキャリア初となる勝利を挙げる。後の第26戦ブリストルでも勝利し、年間2勝を挙げる。同年はヘンドリック・モータースポーツよりカーナンバー25で最上位カテゴリのスプリントカップ・シリーズに2戦スポット参戦し、第34戦フォートワース、第36戦ホームステッド=マイアミで完走する。

2009年はヘンドリック・モータースポーツ(#25)とフェニックス・レーシング(#9)から交互に参戦。フェニックス・レーシングから参戦した第9戦タラデガにてカップ戦初勝利を飾る。第34戦からはチーム・ペンスキーダッジ)に移籍。

2010年、引き続きチーム・ペンスキーよりカーナンバー12でスプリントカップ・シリーズに参戦するが、年間0勝、トップ10フィニッシュ2回と今一つな内容であった。一方でネイションワイド・シリーズでは6勝を挙げ、13勝のカイル・ブッシュ相手にポイントスタンディングで競り勝ち、シリーズチャンピオンを獲得した。

2011年、カーナンバーを2に変更。シーズン序盤は今一つであったが徐々に調子を上げ、第13戦カンザスでシーズン初勝利を挙げる。


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