この項目では、1998年に設立されたフォルクスワーゲンの子会社について説明しています。それ以前のブガッティ(自動車会社/ブランド)については「ブガッティ」をご覧ください。
Bugatti Automobiles SAS
種類SAS(簡素株式会社)
非公開企業(フォルクスワーゲングループ子会社)
本社所在地 フランス
Chateau Saint Jean 67120 フランス アルザス モルスアイム (Molsheim)
設立1998年
業種自動車メーカー
事業内容自動車製造販売
代表者ステファン・ヴィンケルマン(Stephan Winkelmann
ブガッティ・オトモビル(Bugatti Automobiles SAS )はフランスに本社を置く自動車メーカー。フォルクスワーゲンが往年のブガッティの商標権および製造販売権を獲得し100%子会社として1998年に創業。フォルクスワーゲンの取締役会会長であったフェルディナント・ピエヒが主導した。
なお、「Automobiles」部分の日本語表記については、「オトモビル」[1][2]の他に、「オートモビル」[3][4]「オートモビルズ」[5][6]といった表記も見られる。
ジウジアーロによるコンセプトモデル製作18/3 シロンEB218
フォルクスワーゲンはブガッティブランドの再生を託してジウジアーロのイタルデザインにコンセプトカー製作を依頼。最初に2ドアクーペEB118が1998年のパリサロンで発表され、次いでツーリングセダンタイプのEB218を1999年のジュネーブ・モーターショーで、シロンをフランクフルトのIAAで発表した。しかし、最終的なブガッティのコンセプトモデルはイタルデザインのものではなく、1999年東京モーターショーでフォルクスワーゲン自身のデザインによるブガッティ・ヴェイロンが発表された。
コンセプトモデルでは555馬力(408 kW、DIN)の18気筒エンジンを使用していた。これは乗用車としては初のW型エンジンであり、6気筒×3バンクで構成されていた。またフォルクスワーゲングループのモジュラー化されたエンジン群から多くのコンポーネントを共有していた。 2000年12月15日、フォルクスワーゲンはブガッティ・オトモビルを公式に設立した。フォルクスワーゲンで駆動関係のチーフであったカール=ハインツ・ノイマン(Karl-Heinz Neumann )が社長となった。フランスのモルスアイム(Molsheim )近郊のドリスアイム(Dorlisheim )で1856年に造られエットーレ・ブガッティがゲストハウスとして使っていた城、シャトー・サン・ジャン(Chateau Saint Jean )を購入、改装し本社とした。以前のブガッティの工場はスネクマが手放そうとせず、フォルクスワーゲンは2000年夏のペブル・ビーチ・コンコース・デレガンスにおいて「モダンなアトリエを城(本社)の南隣に建設する」と発表した。このアトリエと呼ばれた工場は本社脇に新たに建造され2005年9月3日に竣工した。 ピエヒによるブガッティ新モデル生産の発表は2001年のジュネーブ・モーターショーでおこなわれた。「ヴェイロン(Veyron)」と呼ばれたこの車両は、自動車史上最速、最強、最高価格とされた。大型で複雑な機構をもつW18エンジンに代わり、VR6系統で1999年のベントレー・ユノディエール
フォルクスワーゲンによる公式な設立
ヴェイロンヴェイロン詳細は「ブガッティ・ヴェイロン」を参照
2001年の1年間も開発に費やされ『アドバンスト・コンセプト』とフォルクスワーゲンが呼ぶ段階に進んでいた。2001年後半にはブガッティは公式に車名を『ヴェイロン16.4』(Veyron 16.4 )と名づけ、2003年に量産に入ると発表。しかしその後も高速安定性に問題があり、プロトタイプの1台を壊してしまった。米国カリフォルニア州モントレーのラグナ・セカでおこなったプレス向けデモンストレーションではスピンアウトを喫しクラッシュしてしまい、生産は遅れることになった。
この年ピエヒはフォルクスワーゲンの監査会会長に退き、取締役会長はベルント・ピシェッツリーダーとなった。ピシェッツリーダーはヴェイロンを製図段階まで戻し、大掛かりな変更を指示した。2003年12月、ブガッティの社長はケルンで銀行を経営し、かつてはル・マンでBMWチームのレーサーとしても活躍したトーマス・ブシャー(Thomas Bscher )となった。また、エンジニアリングチーフは前フォルクスワーゲンのエンジニアのヴォルフガング・ シュライバー(Wolfgang Schreiber )が就き、ヴェイロンには大なたが振るわれた。
ヴェイロン最終バージョンは2005年9月3日にシャトー・サン・ジャンで公開され、2015年2月に完売が発表され、絶版となった。 ブガッティはヴェイロンに次ぐモデルとして、4ドアセダンの開発を進めていた。 当時社長のブシャーは2005年10月の東京モーターショーにおいて「ヴェイロンのエンジンとトランスミッションを活用した、フロントエンジンの4人乗りになるだろう」と発言した。 2009年9月14日、ブガッティブランド100周年記念式典のクライマックスにおいて、コンセプトカー「16C・ガリビエ・コンセプト(16C Galibier concept )」が発表された。4ドア車では珍しいファストバックスタイルをもつ超高級セダンである。2ステージスーパーチャージャー付きW16気筒エンジンをフロントに搭載し、ガソリン以外にエタノールでも走行が可能なフレックス燃料車である。駆動方式はフルタイム4WD。ブレーキにはセラミックスが使われる。 しかし、ブガッティ・オトモビル第2の市販モデルは、この16C・ガリビエではなかった。 ヴェイロンの後継モデルの発表は、2016年ジュネーブ・モーターショー開幕の前日、2月29日におこなわれた。「シロン(Chiron)」と名付けられたこの車両は、ヴェイロンのパワートレインを引き継ぎつつも大幅に刷新・強化され、ブガッティ・ヴェイロン・スーパースポーツさえも大幅に上回る、最大出力1500馬力 / 最大トルク163.2kgmを発生させる。最高速度は420 km/hで、価格はヴェイロンの倍となる260万USドルとされた。
16C・ガリビエ・コンセプト
シロン詳細は「ブガッティ・シロン」を参照シロン