フレディ・プリンゼ・ジュニア
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フレディ・プリンゼ・ジュニア
Freddie Prinze Jr

生年月日 (1976-03-08) 1976年3月8日(42歳)
出生地カリフォルニア州ロサンゼルス
国籍 アメリカ合衆国
配偶者サラ・ミシェル・ゲラー (2002-)
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妻と共に

フレディ・プリンゼ・ジュニア(Freddie James Prinze, Jr., 1976年3月8日 - )は、アメリカ合衆国俳優。1990年代後半から2000年代前半における活躍がよく知られており、『ラストサマー』およびその続編、『シーズ・オール・ザット』、『スクービー・ドゥー』(実写版)シリーズが代表作となっており、『フレンズ』にも出演したことがある。また、WWEスマックダウンのライターだったこともあった。妻は俳優のサラ・ミシェル・ゲラー
目次

1 人物

2 俳優として

3 WWE関連

4 私生活

5 主な出演作品

6 脚注

7 外部リンク

人物

カリフォルニア州ロサンゼルスにて不動産エージェントだったKathy Elaine Cochran (旧姓: Barber)と、プエルトリコ[1]ハンガリー系ユダヤ人[2][3] の血を引く俳優/コメディアンだったフレディ・プリンゼ[4]の子として生まれた。父は1977年、自殺した。1999年のロサンゼルス・タイムズとのインタビューで、自分の母親がイングランド人アイルランド人ネイティブ・アメリカンの血を引いていたことを話し、自分を数年間育ててくれた祖父母はまさにイングランド人とアイルランド人だったと付け加えた[5]。しかし2007年のインタビューで、自身の母親がイタリア系アメリカ人だったことを話した[6] 。また、ローマ・カトリック教徒に育てられ[7]、プエルトリコの血を包括的に受け入れた[8][6]アルバカーキで育ち、プエルトリコで夏を過ごし[6]、父方の祖母からスペインの文化とプエルトリコの文化を教わった[9]スペイン語イタリア語が堪能[6]。彼は幼い時から俳優業に興味を持ち、アルバカーキのLa Cueva High Schoolに通った。1994年に卒業したあと、テレビ番組のオーディションのためロサンゼルスに移った[10]
俳優として

1995年、ABCのテレビシリーズ Family Matters にゲスト出演、それから特番やテレビ映画に出演を続け、1996年、『逢いたくて』で映画デビュー。 それ以来ティーン向け映画への出演が相次ぐ。『ラストサマー』(1997)とその続編である『ラストサマー2』(1998)でティーンの人気をさらい、ロマンティック・コメディ『シーズ・オール・ザット』(1999)で主演を務める。この映画の興行収入成績はよく、アメリカ合衆国で6,300万ドルの興行成績だった[11]

それから、『ウィング・コマンダー』 (1999)、Down to You (2000)、『理想の恋人を見つけるための7つのジンクス』(2000)、『恋にあこがれ in N.Y.』(2001)、『サマーリーグ』(2001)と主演が相次いだが、批評家からの評判は良くなく[12] 、興行収入もあまりよくなかった[13]。それでも2000年、ピープルの世界で最も美しい50人に選ばれた。

2002年の実写版『スクービー・ドゥ』と2004年に公開された『スクービー・ドゥ2 モンスター・パニック』でフレッド・ジョーンズを演じ、彼の妻サラ・ミシェル・ゲラーもこの映画に出た。

また、NBCのシットコム『フレンズ』で男のベビーシッターであるサンディを演じた。

ABCの『ボストン・リーガル』ではDenny Craneの子とされてきた Donny Craneを演じた。また、自身の生活を描いたシットコムFreddie があったが、2006年5月に打ち切りになった。それでも、その番組のクロスオーバーとしてThe George Lopez Show にゲスト出演した。

2004年、彼はTV Landから晩年の父親の代行として特別賞を受賞。彼は父のかつての共演者 デラ・リースに対して、アドバイスとサポートを続けてくれたことを感謝した。2006年、コンピュータアニメーション映画 Shark Bait でPiの声を当て、翌年、妻のゲラー、ウォーレス・ショーン、アンディ・ディック、シガニー・ウィーバー らと共に共演したHappily N'Ever After ではリックを演じた。

2009年3月、ABCのNo Heroics (イギリスの番組のリメイク)で、Bradley/Ultimatumを演じることが発表されたが実現しなかった[14][15][16]

その報道があってすぐ、『24 -TWENTY FOUR-』の第8シーズン(2010)に、シーズンレギュラーとなるCTUのエージェントとしてキャスティングされた。
WWE関連

WWEのファンとしてもよく知られており、2008年3月、WWEのレッスルマニアXXIVのセレモニーの準備に参加し、ジョン・ヘニガンザ・ミズ司会のオンライン番組The Dirt Sheetではカメオ出演を果たしたこともあり ⇒view、WWEの"Universe"ブログ・コミュニティに ⇒公式プロフィールを作り、WWEでの出来事をつづっていった。彼はスマックダウンのために[17]週刊ペイパビュー番組を配信するためにcreative staffになり、団体との関係が緊密になった[18]


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