フランクリン・ロボス
名前
本名フランクリン・エラスモ・ロボス・ラミレス
ラテン文字Franklin Erasmo Lobos Ramirez
基本情報
国籍 チリ
生年月日 (1957-06-02) 1957年6月2日(67歳)
出身地コピアポ
身長171cm
体重73kg
選手情報
ポジションMF
クラブ1
年クラブ出場(得点)
1980-1981
1982
1983-1985
1986-1987
1988-1989
1990-1991
1993
1993
1994
1995レヒオナル・アタカマ
CDアントファガスタ
CDコブレサル
CDアントファガスタ
CDコブレサル
CDラ・セレナ
サンティアゴ・ワンダラーズ
ムニシパル・イキケ
ウニオン・ラ・カレラ
レヒオナル・アタカマ
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj
フランクリン・エラスモ・ロボス・ラミレス(Franklin Erasmo Lobos Ramirez, 1957年6月2日 - )は、チリ出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダーで、強烈なフリーキックを武器とした。 1980年にチリ2部リーグのレヒオナル・アタカマでデビュー。1982年にチリ1部リーグのCDアントファガスタに所属。 1984年のロサンゼルスオリンピックの南米予選にチリ代表として出場[1][2]。 強烈なフリーキックを武器とし[1]、コーナーからでも直接ゴールを決めることができた[3]。そのキックの技術は、El Mortero Magico(魔法の迫撃砲)として知られた[1][3]。1995年に引退。 引退後はタクシー運転手として生計を立てた[4]。2005年からは娘の学資を稼ぐため、鉱山作業員となった[4]。2010年8月に発生した、コピアポ鉱山落盤事故に巻き込まれたが[1][4]、69日後の現地時間10月13日に救出された際、リフティングを披露した。
選手時代
引退後
脚注^ a b c d Jack Bell (2010年8月27日). “ ⇒Former Player Is Among 33 Stranded Miners” (英語). The New York Times. 2010年9月19日閲覧。
^ エリーザ大塚通信員 (2010年9月7日). “チリ作業員の中に元代表、監督選手が激励”
^ a b “ ⇒CHILE: Squad sign shirt for ex-footballer miner” (英語). ITN Source (2010年8月26日). 2010年9月19日閲覧。
^ a b c Jonathan Franklin (2010年9月7日). ⇒“Trapped Chilean miners: How did a former footballing hero come to be one of the 33?”. The Guardian. ⇒http://www.guardian.co.uk/world/2010/sep/07/trapped-chilean-miners 2010年9月19日閲覧。
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