TU Bergakademie Freiberg
モットーDie Ressourcenuniversitat.
(1765年の設立時より)
日本語訳「資源大学」
設立年1765年
総長
フライベルク工科大学(フライベルクこうかだいがく、ドイツ語: Technische Universitat Bergakademie Freiberg)[注 2]は、ドイツ、ザクセン州のフライベルクにある、およそ4,000名の学生を擁する規模の工科大学である。
1765年の設立以来長く、単に"Bergakademie Freiberg"(ベルクアカデミー・フライベルク)[4]を称し[注 3]、日本語では、フライベルク鉱山学校[5][6]あるいは、フライベルク鉱山専門学校と表現された。1990年のドイツ再統一後の1993年3月11日に"Technische Universitat Bergakademie Freiberg"[注 2]と名称が変更された[7]。フライベルク鉱山大学、フライベルク鉱業大学、あるいはフライベルク鉱山工科大学とも。
概要鉱物学研究所ウェルナー棟の正面玄関。上部にロックハンマーとともに"GLUCK AUF!"と刻まれているのが分かる。1866年当時のフライベルク鉱山学校の本館[8]
フリードリッヒ・ヴィルヘルム(ドイツ語版)とフリードリヒ・アントン(ドイツ語版)による構想に基づきザクセン選帝侯家公子フランツ・クサーヴァーによって1765年に、鉱業(英語版)と冶金に関しての世界最古の大学として設立された[注 4][注 5][注 6][注 7]。
設立初期には、鉱山技術・冶金のための科学的な研究と教育として、「数学、力学、気流学、水力学、流体力学、断面図法、地質製図、機械製図、鉱物学実習及び鉱物収集、冶金化学及び冶金術、鉱山測量、試金術、鉱山学、測量器具・試金装置・模型の制作」が教授される学科目とされた[4][注 8]。
設立間もない時期に本学で学び後に教授を務めたウェルナー[注 9]は、こんにち火成岩や変成岩の一種とされる玄武岩や花崗岩は水中で沈積してできた水成岩[27]と考え水成論を主唱したため、火成論(英語版)を唱える学者との間で論争になった[28]。