フォード・マスタング
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フォード・マスタング
5代目のロゴ
7代目
概要
製造国 アメリカ合衆国
販売期間1964年 -
ボディ
ボディタイプ2ドアクーペ
2ドアコンバーチブル
エンジン位置フロント
駆動方式後輪駆動
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マスタング(MUSTANG)とは、アメリカ合衆国の自動車メーカー、フォード・モーターが製造・販売する乗用車である。
概要ニューヨーク万国博覧会のフォード館前に展示されるマスタング

開発開始当時副社長であったリー・アイアコッカの指導下で、第二次世界大戦以降に出生したいわゆるベビーブーマー世代向けに、コンパクトカーであるフォード・ファルコンをベースとしたスペシャルティカー(スポーティカー)の開発がスタートした。1964年4月17日から開催されたニューヨーク万国博覧会の初日に発表された初代マスタングは、後発(1968年)の4ドアセダンであるフォード・トリノより低価格ながら、スポーティーな外観と充分な性能、フルチョイスシステムと呼ばれる多彩なオプション群と巧みな広告戦略によって、ターゲットだったベビーブーマー以外の心も掴み、1960年代中盤の好景気と相まって、ベース車を超えフォード・モデルT以来といわれる同社の大ヒットとなった[1]

初代マスタングの販売戦略とその成功はアイアコッカが「アメリカの民衆はスポーツカーは好まない。スポーツカーのように見える車を好むのだ」の持論を元に「ホイールベースを詰め、タイトな後席を持ったファルコン」をコンセプトととし、さらに「トリノで見たスポーツカーは、みな口が尖っていた」とイタリア車風のフロントエンドを持たせた。特定のグレードを持たず、安価なベース車に膨大なオプションを組み合わせる販売手法「フルチョイスシステム」も特徴である[1]

初代から一貫してハイパフォーマンス仕様車が用意されており、フォードのみならずアメリカを代表するスポーツカーとして高い知名度を誇っている。アメリカ国外においても、最廉価グレードのV型6気筒エンジン搭載の2014年モデルで22,200ドルと比較的低価格で社外品のパーツも潤沢なため、カスタムベースとしての人気も高い。

初代から現行型まで一貫して2ドアに4人もしくは5人乗りのレイアウトで、マッスルカーもしくはポニーカーと呼ばれる2ドアクーペハードトップ)に分類される。他の代表的なポニーカーとしては、ダッジ・チャレンジャーシボレー・カマロポンティアック・ファイヤーバードなどがある。

この戦略は同業他社にも多大な影響を与え、日本でもマスタングの「フルチョイスシステム」方式を踏襲したトヨタ・セリカ1970年に発売され、以降各社からスペシャリティカーが発売され一大ブームを巻き起こした[1]
初代前期(1964年 - 1968年)初代 マスタング

1959年に発売されたフォード車初の小型車で、大ヒットモデルとなっていたフォード・ファルコンをベースとしたスポーティーカーとして、1964年にコンバーチブル及びハードトップのラインナップで登場した。バランスの良いスタイリングと性能、広告代理店の巧みなマーケティング戦略で発売当初から高い売れ行きを記録し、アメリカの自動車史に残る大ベストセラーとなった[1]

標準装備を簡素にして本体価格を抑える(ベーシックモデルで2,368ドル)代わりに、1機種の直列6気筒エンジン (ファルコン170シックス) と2機種のV型8気筒エンジン (チャレンジャー260V8同289V8) 、オートマチックトランスミッションディスクブレーキリミテッド・スリップデフ、ビニールレザーシートの色やホワイトリボンタイヤなど、性能や外観を多彩なオプションでカスタマイズできる「フルチョイスシステム」により、外観重視の街乗りコンバーチブルからアマチュアレーサー向けの本格的なスポーツカーまで選ぶことが出来るようになったことから、1車種で幅広い年齢、収入、趣味の層を取り込むことに成功した[1]

1965年ファストバックが追加。エンジンはファルコンシックスが排気量を増加した200となる。チャレンジャー260V8がなくなり、3種類の性能を持つ同289V8となった。

1967年モデルはホイールベースこそ不変だがボディ外板を一新して全長・全幅、トレッドともに若干大きくなった。ハイパフォーマンスモデルはGTパッケージで、サンダーバード390V8が追加。映画ワイルドスピードX3 TOKYO DRIFTに緑色に白のストライプバイナルで登場。

1968年モデルでは直列6気筒エンジンが2種類の250シックスとなる。チャレンジャー302V8が追加。映画ブリットに登場している。マスタングのシンボルマークが車体の左右にもつけられていた。

ベーシックモデルは新車でも低価格で、改造もしやすいためアマチュアレーサーにも人気であり、ショップによるチューニングカーも登場した。
初代後期(1969年 - 1973年)1969年 Boss 429Mach 1(マッハ1)

文献によっては本世代を「2代目」とし、以降も1世代ずつずれる場合があるので留意されたい[2]

1969年モデルのマスタングはボディサイズが大型化され、性能と価格も全体的に上昇して登場した。ホイールベースは1970年モデルまで前期型から不変の108in.(2,743 mm)であったが、1971年モデル以降は109in.(2,769 mm)となった。ファストバックの名称はスポーツルーフに変更された。また、特定のグレードを持たなかったマスタングにグレード名が付いた。ボディはハードトップ、コンバーチブル、ファストバック(スポーツルーフ)の三種。グレードはハードトップと、その豪華仕様のグランデ。スポーツルーフと、それをベースにさらにスポーティなルックス&パフォーマンスを持ったMach 1[3][4](日本では通常「マッハ1」と呼ばれる)が登場。

フォードではマーケティングの一環としてレースに参加し、ホモロゲーション取得用のモデルをフラッグシップとして設定することを計画した。フォードではシェルビー・アメリカンを興したキャロル・シェルビーに依頼しチューニングモデルのGT350(シェルビー・マスタング)で参戦したが、高価で売り上げが見込めないことから、GT350よりも幅広い層に購入できる価格に抑えたBOSSを新たに開発し、こちらを主力とすることとなった。

Bossシリーズには、1969年1970年モデルにBoss 302とBoss 429の2タイプがあり、特に前者はレーシングマシン直系の302「ボス」V8を搭載したトランザムシリーズ(英語版)のホモロゲーションモデル(排気量5,000t以下)に合致させたモデルである。フロントにエアダムを備え、ボンネットやロービーム部分を艶消し黒で塗っているのが特徴(1969年型)。Boss 429はNASCAR用ホモロゲーション取得用であり、単にエンジンの市販台数(500台)をクリアするためにのみ作られた(マスタング自体にNASCAR出場資格はなかった)。マスタング歴代最大排気量となる429ボスV8が搭載され、ボンネット上にはひときわ大きなエアスクープが取り付けられた。カタログスペック上は375馬力であるが、実際には600馬力以上あったと言われている。Boss429はフォードの生産車と言うよりは、むしろ改造車というべきで、フォードのワークスともいうべき「カー・クラフト」で生産された。コブラジェット428V8を登載したMach 1にオハイオ州ライマで生産した429ボスV8を合体させた。1971年からは規定が変わり、セミヘミ351 cu.in.のエンジンを載せた「Boss351 」が1806台生産された。 これはエンジンの公認を取るために生産されたもので、この車自体はレースに出なかったものの、パワーと足回りのバランスが秀逸だったと評価されている。

マッハ1は、1969年1970年モデルではコブラジェット428V8、1971年モデルでは429 cu.in.Cobre Jetを搭載し、さらにオプションでSuper Cobre Jetラムエア・インテークを装備していた。


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