フェリシティ・ロット
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フェリシティ・ロット
出生名Felicity Ann Emwhyla Lott
生誕 (1947-05-08)
1947年5月8日(77歳)
出身地 イギリス
ジャンルオペラ
職業ソプラノ歌手
活動期間1975年 -
公式サイト ⇒www.felicitylott.de
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デイム・フェリシティ・アン・エミウィーラ・ロット( Dame Felicity Ann Emwhyla Lott, DBE, FRCM [1] , 1947年5月8日 - )は、イギリスチェルトナム出身のソプラノ歌手
教育

早くから音楽的才能を現し、5歳でピアノを学び始めた。ヴァイオリンも演奏し、12歳で歌のレッスンを開始した。1969年ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ校を卒業し、フランス語ラテン語の学位を取得したが、1967年-1968年からの課程の一部でフランスグルノーブルの音楽院で歌のレッスンを受けている。1973年、プリンシパル賞を受賞して王立音楽アカデミーを卒業した。
経歴

1975年イングリッシュ・ナショナル・オペラモーツァルト魔笛』のパミーナ役でデビューを果たした。1976年にはロイヤル・オペラ・ハウスヘンツェ "We Come to the River" の初演に出演。1977年にはストラヴィンスキー放蕩者のなりゆき』のアン・トゥルーラヴ役でグラインドボーン音楽祭に初出演し、同音楽との長きにわたる関係が始まった。

コヴェント・ガーデンと緊密な関係を築き、ブランシェ(『カルメル派修道女の対話』)、エレン・オーフォード(『ピーター・グライムズ』)、エーファ(『ニュルンベルクのマイスタージンガー』)、アルマヴィーヴァ伯爵夫人(『フィガロの結婚』)、元帥夫人(『ばらの騎士』)などの役を演じ、ウィーンミラノパリブリュッセルミュンヘンハンブルクドレスデンニューヨークシカゴなど世界の主要なオペラハウスに出演した。

フェリシティ・ロットは『4つの最後の歌』やさまざまな歌曲、『ばらの騎士』元帥夫人、『カプリッチオ』伯爵夫人役、『アラベラ』のタイトル・ロールなど、リヒャルト・シュトラウス作品で特に著名となった。その後オペレッタにも出演し、『こうもり』のロザリンデに加え、オッフェンバックの『美しきエレーヌ』、『ジェロルスタン女大公殿下』のタイトル・ロール、グラインドボーンではフランツ・レハールメリー・ウィドウ』のタイトル・ロールを歌った。ドイツ物のオペラ、オペレッタ、歌曲を得意とする英国人は少なくないが、彼女は加えてフランス物にも強みを発揮、50代に入ってなお多くの代表的舞台をものにする息の長さも見せている。

コンサート歌手としても国際的な評価を得、BBCプロムスへのレギュラー出演のほかザルツブルク音楽祭ザルツブルク復活祭音楽祭にも出演し、ベルリン・フィルウィーン・フィルコンセルトヘボウ管弦楽団シカゴ交響楽団など多くのメジャーオーケストラ、カルロス・クライバーゲオルク・ショルティベルナルト・ハイティンクヴォルフガング・サヴァリッシュズービン・メータジェームズ・レヴァインアンドレ・プレヴィンネーメ・ヤルヴィクラウス・テンシュテットアンドルー・デイヴィスクルト・マズアフランツ・ウェルザー=メストサイモン・ラトルといった指揮者と共演した。シュトラウス、シューベルト、シューマンブラームスらのリート同様フランス歌曲も得意とし、イギリス歌曲のレパートリーでは特にベンジャミン・ブリテンの歌曲を好んだ。彼女はソングメイカーズ・アルマナック(The Songmakers' Almanac)の創立メンバーである。同アンサンブルのグレアム・ジョンソン( Graham Johnson)は学生時代からの伴奏者で、多くのリサイタルで共演した。メゾソプラノのアン・マレー(Ann Murray)、バリトンのトーマス・アレン(Thomas Allen)、オーストリアのメゾソプラノ、アンゲリカ・キルヒシュラーガー(Angelika Kirchschlager)とのデュエット・リサイタルも行った。

ロンドン・フィルハーモニー合唱団・管弦楽団とのモーツァルト『レクイエム』ニ短調ほか数多くのレコーディングを行い、アカデミー賞8部門を受賞した映画『アマデウスオリジナル・サウンドトラックのソリストとしてもフィーチャーされている。
受賞歴

フェリシティ・ロットは数多くの栄典を授けられている。サセックスラフバラーロンドンレスターオックスフォード大学、ロイヤル・スコティッシュ・アカデミー・オブ・ミュージック・アンド・ドラマの名誉博士号、1990年にはフランスの芸術文化勲章オフィシエ2001年に同レジオンドヌール勲章シュヴァリエを授与され、1990年 CBE1996年には DBE に叙された。


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