フィフリスト
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al-Fihrist

『フィフリスト』は、10世紀バグダード書籍商イブン・ナディームアラビア語で著した図書目録である(#著者)。当時のバグダードに存在した書籍の題名を網羅的に記録している(#内容)。『フィフリスト』はその後に失われてしまった書籍の情報も含み、それには博学な著者による客観的で幅の広い視野からのコメントも付されているので、歴史学言語学宗教学文献学など、多くの分野にとって貴重な情報源となっている(#利用)。
著者詳細は「イブン・アン=ナディーム」を参照

『フィフリスト』の著者は、10世紀のバグダードで親の代から「ワッラーク」(warr?q, 書店)を営んでいたイブン・ナディームという人物である[1][2][3]。著者の人物像について、それ以上のことは、ほとんど何もわかっていない[1]。当時の書籍は、客の注文を受けて筆写職人(カーティブ)が写本を複製し、細密画職人が写本に装飾を施して製作するものである[3]。ワッラークは、大勢の職人を抱える工房でもあった[3]。もっとも、このような10世紀の装飾写本作りの実態は、『フィフリスト』の序文でイブン・ナディームが、書籍の製作方法、買い入れ方法から、アラビア文字の正確な書き方、紙の品質の違い、葦ペンといった文房具に至るまで、詳しく解説しているからこそ、ある程度具体的に推定可能になっているとも言える[3]

イブン・ナディームは、書籍の消費者の立場に立った買い入れ指南をしている。筆写職人には字の巧みな者を選ぶべし、また、写し元の書籍のページ数と大きさを書き留めておくべし、という。二つ目のアドバイスは、不誠実な筆写職人が故意に落丁のある写本を納品したとしても、だまされないようにするためである。ところで『フィフリスト』の書籍の紹介にも、書名だけでなくページ数と大きさが記されていることがよくある[1]。こうしたことから、イブン・ナディームのワッラークとしての、写本製作の工程管理上の習慣が『フィフリスト』の執筆に結びついたと推定されている[1]
書名

本書の書名は、アラビア語で ???? ???????, Kit?b al-Fihrist という。正則アラビア語風にカナ表記すると「キターブ・アル=フィフリスト」あるいは「キターブ=ル=フィフリスト」などになる。「本」を意味するアラビア語「キターブ」に続く、??????? は、アラビア語の定冠詞が付加されているが、ペルシア語で「一覧(list, index)」を意味する言葉である。現代口語でも「フェフレスト」と読んで日常的に使われる単語である。しかし、アラビア語で書かれた書籍の題名としては風変わりであることから、著者イブン・ナディームにはペルシア人説が(確証が得られる見込みはおそらくないであろうけれども)根強くある[1]。なお、「フィフリスト」に「諸学の」を付加する(Fihrist al-?ul?m)書名のバリエーションもある[4]

ペルシア語の言語史上、『フィフリスト』が書かれた時代は、現代のペルシア語に直結する「新ペルシア語あるいは近代ペルシア語(Modern Persian)」が誕生した時代にあたる。この頃、サーサーン朝が滅びてアラビア語から大量の語彙が入るとともに、アラビア文字による表記が始まった。当時の発音を再建する研究によれば、????? の発音は、pehrest/fehrest/fehres/fahrasat であった可能性がある[1]

日本語の文献における本書の題名は、新ペルシア語(古典期)風にカナ表記した『フィフリスト』とされる場合が比較的多い。後述するように、本書はグノーシス主義研究に不可欠な資料になっているが、当該分野の研究者が執筆した文献では、たまに『フィーリスト』と書かれていることがある[5]。題名が翻訳される場合、『目録の書』[3]、『学術書目録』[2]、『目録』といった訳題例がある。
内容

『フィフリスト』は当時のバグダードに存在した、ほぼすべての書籍の目録である[1][6]。存在確認の方法は、著者自身が直接書籍を手にとって存在を確認したほか、彼が信頼に値すると認めた人物に存在を確認してもらったケースもある[1]。『フィフリスト』は下記の全10章からなる[3]。全10章の配列はそのまま、当時のイスラーム世界の学術の体系を反映していると指摘されている[3]
啓典

文法と語源

歴史家、系譜学者別の著作、その他類似の学問に関する書籍。

詩論に関する文献と、詩人別の詩集紹介。

神学(カラーム)と神学上の分派に関する文献。

法学(フィクフ)と伝承(ハディース)に関する文献。権威ある法学者の著作。

哲学、古代の精密科学、医学に関する書籍。

伝説、寓話、魔術など。

一神教に関する書籍。サービア教マニ教マズダク教、その他の二元論教、インドや中国の信仰について。

錬金術に関する書籍。

現代に伝わった写本には完全版と短縮版の2種類の系統があり、完全版は上記のように全10章であるが、短縮版は後半の4章と第1章の序文を収録する。

なお、イブン・ナディームは、この目録を一人で何もないところから作り上げたのではなく、一部には先行研究をほとんどそのまま取り入れている[1]。少なくとも、ジャービル・ビン・ハイヤーンの自著目録や、ヤフヤー・ビン・アディー(アラビア語版)によるアリストテレス著作目録、ムハンマド・ビン・ザカリーヤー・ラーズィーの自著目録、フナイン・ビン・イスハークガレノスを翻訳した際に作成した目録が取り込まれていることが判明している[1]
利用

『フィフリスト』以後の伝記作家、例えば、ヤークート、キフティー(アラビア語版)、イブン・アビー・ウサイビア、イブン・ハッリカーン(英語版)、クトゥビー(英語版)、ハーッジー・ハリーファといった学者は、皆、『フィフリスト』に記載の情報に大きく依存した[1]。ヤークートは、本書の普及に貢献したワズィール・アブル・カーシム・マグリビー(英語版、アラビア語版)の写本のみならず、著者イブン・ナディーム自身が書いたオリジナルも所有していた[1]。なお、本書中の西暦990年以後の記述は、マグリビーが書き込んだものと考えて、おそらく間違いはない[1]

『フィフリスト』に関する近代的な研究は、グスタフ・フリューゲル(英語版)らによる翻訳の刊行(1872年、ライプツィヒ)が嚆矢となった[6]。そのすぐ後にE. G. ブラウンによりフリューゲル翻訳の検証が行われた[6]

『フィフリスト』は古代イラン(ペルシア)語、先イスラーム時代のイラン(ペルシア)研究にとって貴重な情報を多く含む[7]。『フィフリスト』にはサーサーン朝以前のペルシア語の文献の書名が膨大な量、記録されているが、そのうち現伝した文献はごくわずかである[7]。詩人列伝の章ではイブン・ムカッファアやアバーン・ラーヒキー(Ab?n L??eq?)が、ペルシア語や「インドの言葉」からアラビア語に翻訳した文献のリストがある[7]。また、言語と文字の章にはパフラヴィー文字、マニ教文字(英語版)、ソグド文字が表になって示されているが、何度も筆写が繰り返されるうちに、現伝する『フィフリスト』では文字がつぶれて判読不能になっている[7]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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