フィアット
FIAT S.p.A.
種類株式会社
本社所在地 イタリア
トリノ
設立1899年 - トリノ
業種輸送用機器
事業内容自動車、部品・生産システムの製造、販売、新聞紙
フィアット(伊: FIAT S.p.A.)は、イタリアの自動車メーカーである。現在は、ステランティス N.V. の子会社である。ジョヴァンニ・アニェッリ(右)とジャンニ・アニェッリ
社名のFIATとはFabbrica Italiana Automobili Torinoの頭文字を取ったものである[1]。「トリノのイタリア自動車製造所」の意味。トリノ市のリンゴット地区に本拠を置くことから、フィアット本社工場と「リンゴット」はしばしば同義とされる。
「フィアット、陸に、海に、空に」のスローガンの元、自動車のみならず、自動車関連業、鉄道車両[注釈 1]や船舶、航空機の製造などのイタリアにおける産業分野全般を掌握し、マスコミュニケーション、金融等にも進出している。
このことから、イタリアのみならずヨーロッパにおいても大きな影響力を持つ。かつては「フランスはルノーを持っているが、フィアットはイタリアを持っている」とまで評された。
イタリア証券取引所に株式を上場している。2007年までニューヨーク証券取引所(コード:FIA)にも上場していた。創業グループの1人のジョヴァンニ・アニェッリを継ぐアニエッリ家が大株主となり代々経営を行っている。
歴史
創業メフィストフェレ
ジョヴァンニ・アニェッリらイタリア北部の数人の実業家の出資によって、1899年にトリノで創業された。同年には最初の自動車を発売した。その後1902年にはアニェッリがフィアットの社長となった。1908年には最初の航空用エンジンを開発した。
イタリア最大の自動車会社「トッポリーノ」こと初代500 2代目 NUOVA 500
第一次世界大戦中にフィアットはイタリア北部の工業都市トリノにある工場をフル操業して、連合国軍の1国であるイタリア軍に軍需製品を供給した。路面電車、航空機、鉄道車両、トラクター、ディーゼルエンジンなどの生産で当時3万人以上の労働者を雇用していた。
第一次世界大戦後にはミッレミリアなどのレースでも活躍したほか、フォーミュラカーレースにも参戦してアルファロメオやブガッティなどと覇を競った。その後「トッポリーノ」こと初代「500」などの大ヒットモデルを出したほか、高級車部門にも進出した。
また国外進出に意欲的で、第一次世界大戦後には日本やアメリカ合衆国、満州国などへの輸出を拡大したほか、1934年にはフランスにシムカを設立させたほか、ドイツでは1932年にNSUの自動車部門を買収し、「NSUフィアット」とした。 イタリアが1940年から参戦した第二次世界大戦中は、各種軍用車や航空機などを生産していた。1943年イタリアは連合軍に降伏し、さらにその後も本社のあるトリノなど北部がドイツ軍の占領下におかれたため、生産は停止し、さらに工場が連合国軍機の爆撃を受けるなどの損害を被った。 第二次世界大戦終戦直後の1945年12月にジョヴァンニ・アニェッリが死去した。
第二次世界大戦前後