ファシリテーター
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ファシリテーター(英語: facilitator)とは、グループや組織がより協力し、共通の目的を理解し、目的達成のための計画立案を支援する人のことである。ファシリテーターは活動の中で、参加者の様々な意見や考えを公平に扱い、特定の側に立つことはなく[1]、また、自身がイメージする意図や落とし所に参加者たちを誘導しないよう、2つの意味で中立の立場を保つ[2]。狭義には会議や議論の際に、司会を行い場を促進する人を指す。

ファシリテーターの手法には、グループが行動するための確かな基盤を持てるように、前から存在していた、あるいは、会議の中で現れた意見の相違について、合意に達するよう支援をしようとするものもある。
概要

ファシリテーションは幅広い分野で応用されており、利用される分野によって若干とらえ方が異なるが、最も狭義には、「会議を効果的に行うための働きかけ」を意味する[3]。円滑に会議を運営し、議事の進行プロセスを管理する人が、ファシリテーターと呼ばれている[3]

ファシリテーターとは、直訳すると、「容易にすること、簡易化、助成、助長」を意味する[4]。日本語では、協働促進者、共創支援者、進行促進役、「こんなことをおもしろいからやってみませんか?」とそそのかす「そそのかし役」、参加者が持つものをうまく引き出す「引き出し役」等と呼ばれる[5][6]。現代の日本においては、ファシリテーターは学習や議論の進行など何かしらを促進する機能を担おうとする者を広く指す言葉として使われている。近藤隆二郎は、まちづくりで人々が関わるための計画づくりにおいて、ファシリテーターは、「個をスキルアップして場に出てきてもらう役目でもあり、声を出しにくい市民の声を集める役目でもある。身体パターン(人の身体的行動、地域との関わり方のパターン)をファシリテートする役割も期待される」と述べている[7]。アメリカでは、裏社会のまとめや交渉の事を、ファシリテートする、それを行う人をファシリテーターと呼ぶ事もある。

ファシリテーターは、会議等の場で、発言や参加を促したり、話の流れを整理したり、参加者の認識の一致を確認したりする行為で介入し、合意形成や相互理解をサポートすることにより、組織や参加者の活性化、協働を促進させる。会議などの進行役も、ファシリテーターの役割に含まれる。ファシリテーターには、参加者または組織に対して良心に基づいた、達成イメージへの情熱と信念が必要とされる。

ファシリテーターが活動するワークショップの分野は極めて多様であり、一見共通点が分かりにくいが、安斎勇樹は、それぞれの分野で「上意下達にものごとが進む近代システムへの対抗文化として、民主性を取り戻すための方法として注目されてきた」と述べており[8]、真壁宏幹は、「現代における近代システムへの『近代的な』問い直し」が、根本的なテーマとして共通しているとしている[9]。ワークショップまず隆盛したのは、「近代の実験場」アメリカであった[9]

以前はオーガナイザーに含まれていた役割が、つまり進行の過程の専門家として、分離独立して認められるようになってきたという説もある。この説では、したがってファシリテーターはミーティングで扱われる内容そのものの専門家である必要はないとされる。

ワークショップのファシリテーションでは、ワークショップがある程度構造化されていれば(プログラムが決められていれば)、熟練していないファシリテーターでも運営が可能であり(予想外の出来事が全く起こらないわけではない)、短時間で実施しやすく、評価が得やすいといった利点があるが、ファシリテーターと参加者の自由度が低く、プログラムの流れから外れた自由な発想が出にくいといったデメリットもある[10]

ファシリテーターは、コミュニケーションスキル以外にも、ルールが必要な場合の内容設定や補助、プログラムのデザイン、進め方や、さらに会議の場所や参加者の選択、日程のデザインなど、オーガナイザー的機能、リーダー的機能も担う(しかし、ファシリテーターはリーダーではないとされる)。ファシリテーション技術は、会議の場に限定される機能ではなく、日常での組織コミュニケーション全般においても活用される。
定義

ファシリテーターにはさまざまな定義がある。

「グループや組織がより効果的に活動し、協力し、
相乗効果を発揮することを可能にする人。会議において特定の側に立たず、自分の意見を述べたり主張したりしないことで、グループの活動を達成するための、公正でオープンで、かつ包括的なやり方を提唱することができる。」 - マイケル・ドイル[11]

「グループが効果的に機能し、質の高い意思決定ができるように、その相互作用の構造とプロセスに貢献する人。他者が目的を追求することを支援する援助者、実現者。」 - I. Bens, p.viii[12]

「ファシリテーターの仕事は、グループ全員が最高の思考と実践ができるようにサポートすることである。そのために、ファシリテーターは、完全に参加するよう促し、相互理解を促進し、責任の共有を培う。全員が最善の思考ができるように支援することで、ファシリテーターはグループのメンバーが包括的な解決策を模索し、持続可能な合意を構築できるようにする。」 - Kaner 他[13]

「人々の活動が容易にできるよう支援し、うまくことが運ぶように舵取りするのがファシリテーションです。具体的には、集団による問題解決、アイデア創造、合意形成、教育・学習、変革、自己表現・成長など、あらゆる知識創造活動を支援し促進していく働きを意味します。またその役割を担う人がファシリテーター(facilitator)であり、日本語では「協働促進者」または「共創支援者」と呼びます。分かりやすく言えば、裏方で黒子のリーダーです。会議で言えば、メンバーの参加を促進し、プロセスの舵取りをする人がファシリテーター(進行役)です。」 - 日本ファシリテーション協会[5]

歴史的経緯

ワークショップの始まりとして、次の試みがある[14][15]。これらは、プラグマティストジョン・デューイの教育哲学の影響を受けている(ヒューマンポテンシャル運動への影響は不明)[16][10][17]

1905年にジョージ・P・ベーカー(英語版)がアメリカで始めた戯曲の創作・上演のワークショップ。

ベーカーのワークショップの系譜を引き継ぎ1960年代以降のアメリカで行われた小劇場運動。

1950年代アメリカ西海岸のヒューマンポテンシャル運動における集団心理療法、グループワーク、エンカウンターグループ等の試み。

1950年代アメリカ東海岸で行われた、Tグループ(英語版)などによる集団での体験学習・コミュニケーション技能訓練(ラボラトリー・トレーニング)、組織開発の試み。

1950年代アメリカの都市再開発問題に始まるまちづくり。ランドスケープ・デザイナーのローレンス・ハルプリンが大きく寄与した。

1950年代後半にブラジルのパウロ・フレイレが行った、貧困層・先住民族等の抑圧され搾取された人々が識字教育を通して自らの状況を理解し、自覚的、主体的にそれを変革していくこと(意識化)を目指す教育実践。

ハーバード大学の演劇研究者・教師だったジョージ・P・ベーカーは、1905年に、彼の戯曲制作の授業(イングリッシュ47)の生徒達から、書いた戯曲を上演したいという希望を受け、授業制度の外に、別途場を設け、「ザ・イングリッシュ47・ワークショップ」と呼んだ[18][19]。このワークショップは、活発な創作・上演活動を行って、演劇界の注目を集めた[18]。これが、現代的な意味でのワークショップの最も古い事例であり、その後のアメリカの演劇界・映画界の重要な人材を多数排出し(劇作家のユージン・オニール、『フィラデルフィア物語』原作者フィリップ・バリー(英語版)、『風と共に去りぬ』脚本家のシドニー・ハワード(英語版)等)、大学での演劇教育に可能性を感じた参加者からは、大学に就職し、演劇クラスや、当時としては画期的な演劇科を立ち上げるといった、多くの演劇教育者が現れ、演劇教育に支えられた今日のアメリカ演劇文化の形成に寄与した[18]。ただし、熊谷保宏は、「ワークショップの原像イメージを作った演劇人圧倒的なカリスマであり、多分に絶対君主的で面々であったということだ。初期のワークショップは今日の民主的なイメージとは対称的な、独裁的なそれであったように思える」「生産性に重きを置く場の成り立ちも、今日のワークショップとは対称的とみるべきであろう」と指摘しており、現代のワークショップやファシリテーターの在り方とは異なる面がある[18]


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