ピアノ五重奏曲 ヘ短調は、セザール・フランクが1878年から1879年にかけて作曲したピアノ五重奏曲。 フランクはヴィルトゥオーゾピアニストとしてキャリアをスタートさせた。創作の初期にはピアノ三重奏曲集を作曲するなど室内楽曲も手掛けた彼であったが、サント・クロチルド聖堂のオルガニストに就任してからの中期にはこのジャンルから遠ざかっていた[1]。1874年にワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』に触発されたフランクは旺盛な作曲意欲を見せる後期に入る[2]。ここで彼は30年以上の空白期間を経て再び室内楽の分野に舞い戻り、『ヴァイオリンソナタ』や『弦楽四重奏曲』などの傑作を生みだした。そうした一連の室内楽曲創作の口火を切ることになったのが、このピアノ五重奏曲である[1]。 フランクの後期作品は緊密な循環形式の使用によって特徴づけられる。後期でも早い段階で書かれたこのピアノ五重奏曲においてその特徴は既に現れており[1]、冒頭に提示されるモチーフによって全曲の有機的統一が図られている[3]。フランクは循環形式を基本に据えた作品を作り続け、1888年の『交響曲 ニ短調』はそうした楽曲の最たるものとして名高い[4]。 初演は1880年1月17日に国民音楽協会で行われた。演奏はマルシック四重奏団とサン=サーンスのピアノであった[3]。フランクはサン=サーンスへ曲を献呈しようとしたが、サン=サーンスは曲の内容にひどく不満を持ったらしく[5]、演奏が終わると献辞の書かれた自筆譜を残してそのまま舞台を後にしてしまった[2][3]。出版はアメル社(Hamelle)から行われ[6]、ダンディは1906年にはこの版が主流であったと伝えている[3]。その後、ライプツィヒのペータース社からも楽譜が刊行された[6]。 この曲の作曲にあたって、フランクと彼の門弟の1人であるオーギュスタ・オルメスとの不貞が影響したという説もある[2]。
概要
演奏時間・クアジ
自由なソナタ形式。弦楽器がフォルテッシモで示す序奏で開始する。この序奏でヴァイオリンが奏でるリズムは、この後全曲を支配する重要な役割を果たす[3](譜例1)。これに対してピアノが応答主題で応えることで、44小節にわたる比較的長大な序奏が形成される。
譜例1
主部のアレグロとなって、譜例1に由来する第1主題を弦楽合奏とピアノが交互に奏する(譜例2)。
譜例2
続く第2主題(譜例3)は第2の循環主題となる重要なものだが[2][3]、この楽章中ではさらに続いてピアノに出される副主題(譜例4)の存在感が大きい。
譜例3
譜例4
展開部は第1主題がピアノの低音で扱われて開始する。以降、提示されたあらゆる要素が混然一体となり、巧みな展開が行われる[3]。