ビー・エム・エル
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この項目では、臨床検査業を営む日本の企業について説明しています。データ放送用記述言語のBMLについては「Broadcast Markup Language」をご覧ください。

株式会社ビー・エム・エル
BML Inc.種類株式会社
市場情報東証プライム 4694
2001年4月25日上場
略称BML
本社所在地 日本
151-0051
東京都渋谷区千駄ヶ谷5丁目21番3号
設立1955年7月5日
業種サービス業
法人番号7011001019237
事業内容臨床検査の受託業務 他
代表者代表取締役社長 近藤健介
資本金60億4,500万円
発行済株式総数4,401万4,726株
売上高連結:1,385億7,100万円
単体:1,105億8,300万円
(2021年3月期)
営業利益連結:199億3,600万円
単体:132億7,600万円
(2021年3月期)
経常利益連結:208億300万円
単体:149億1,300万円
(2021年3月期)
純利益連結:137億1,100万円
単体:105億6,200万円
(2021年3月期)
純資産連結:931億2,300万円
単体:685億4,100万円
(2021年3月期)
総資産連結:1,391億7,400万円
単体:1,089億8,100万円
(2021年3月期)
従業員数連結:4,178名
単体:2,350名
(2021年3月期)
決算期3月31日
主要株主株式会社ビーエムエル企画 23.09%
近藤健次 8.79%
大塚製薬株式会社 4.92%
日本マスタートラスト信託銀行株式会社(信託口)3.91%
日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社(信託口)2.81%
近藤シゲ 2.65%
ステート ストリート クライアント オムニバス アカウント 0M44 2.18%
第一生命保険株式会社 2.16%
有限会社エステート興業 1.91%
有限会社マトバリース 1.87%
関係する人物近藤健次(創業者)
外部リンク ⇒http://www.bml.co.jp/
特記事項:臨床検査2位で、全国に営業所、ラボを展開。
経営指標は2020年3月31日現在
@筆頭株主のビーエムエル企画は創業家である近藤家の資産管理会社。
A第7位株主であるSSCOAの常任代理人香港上海銀行東京支店
B第8位株主である第一生命保険の常任代理人は資産管理サービス信託銀行株式会社
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株式会社ビー・エム・エル(: BML Inc.)は、日本の臨床検査業者。資本・設備などの面で大手ラボと称されている。
概説

1955年に「相互ブラッド・バンク」として設立され、1976年に事業内容の変化に対応し「相互生物医学研究所」(英文表記は BIO MEDICAL LABORATORIES=BML)に変更。1989年CI計画のスタートと共に既に定着していた英文表記のイニシャルを取り「ビー・エム・エル」へと社名変更した[1]

2000年4月より、「Medical Station(メディカルステーション)」のブランド名でレセプトコンピュータ一体型の診療所電子カルテの販売にも力を入れている。さらに、2012年4月1日株式会社EMシステムズと共同で設立した株式会社メディファクトにて、レセプトコンピュータ一体型の無床診療所向け電子カルテを開発し、新ブランド「QUALIS(クオリス)」として販売している。

調剤薬局は撤退している。東証プライム上場。
沿革

出典: ⇒公式ホームページ「沿革」

1955年7月 - 保存血液精製および販売を目的として東京都渋谷区に株式会社相互ブラッド・バンクを設立。

1964年3月 - 輸血用血液取扱が日本赤十字社血液センターへの集中化に伴い、臨床検査業務へ事業転換。

1967年8月 - 臨床検査センターを設置し、臨床検査の受託開始。

1973年4月 - 検体の集配を目的として、株式会社ジャパンクリニカルサービスを設立。

1975年10月 - 富山県富山市に営業所を設置し、全国営業所ネットワークの構築に着手。

1976年7月 - 株式会社相互生物医学研究所に商号変更。同時に東京都中野区へ本社移転。

1978年9月 - 医療機関において検査業務を受託する院内検査施設の設置を開始。

1980年3月 - 自社ブランドによる臨床検査試薬「モニターGカラム」の製造販売を開始。臨床検査試薬の製造販売事業に着手。

1981年11月 - 富山県富山市に衛生検査所を設置し、全国ラボネットワークの構築に着手。

1985年1月 - 東京都杉並区に本社移転。また、埼玉県川越市に当社の中心となるBML総合研究所を設置し、検査業務の統合およびトータルラボラトリーシステムを構築。

1986年7月 - 病理・細胞診検査を目的として、株式会社ピーシーエルジャパンを設立。

1989年3月 - 医療情報システムの構築を目的として、株式会社メリッツを設立。

1989年4月 - 株式会社ビー・エム・エルに商号変更。

1991年6月 - 株式会社東京公衆衛生研究所の株式を取得し、子会社化。

1991年11月 - 全自動検体受付・分取・分配システム(自社呼称:「フロンティア自動分注システム」)完成。

1992年8月 - 米国臨床病理医協会(CAP)の臨床検査施設基準に適合し、認定取得。

1993年4月 - 東京都渋谷区へ本社移転。

1993年7月

子会社の株式会社ビーエムエル神奈川を吸収合併。

千葉県松戸市および松戸市医師会との共同出資による第三セクターとして、株式会社松戸メディカルラボラトリーを設立。


1995年1月 - 松山医師会との共同出資により、株式会社愛媛メディカルラボラトリーを設立。

1995年6月 - 生化学血液学分野での一般検査を自動化・無人化する自動分析トータルシステム(自社呼称:「シンフォニー」)完成。

1996年1月 - 株式会社生物医科学研究所の株式を取得し、子会社化。

1996年7月 - 株式会社協同医学研究所の株式を取得し、子会社化。

1997年8月 - 食品衛生検査を目的として、F&S事業部を設置。

1998年

2月 - ホルター心電図解析等を目的として、生体情報解析事業部を設置。

4月 - 株式会社鹿島臨床検査センターの株式を取得し、子会社化。

8月 - 千葉県柏市に調剤薬局「アリア薬局」1号店を開店。

10月 - がん肝炎検査を自動化・無人化する自動分析トータルシステム(自社呼称:「シンフォニー・リガンド」)完成。

11月 - 株式会社第一臨床検査センターの株式を取得し、子会社化。

12月 - 新規医療品の開発業務受託機関(CRO)を目的として、株式会社アレグロを設立。


1999年11月 - 日本証券業協会に株式を店頭登録。

2000年1月 - 医療情報システム事業部を設置し、電子カルテの販売開始。

2000年3月 - 株式会社福島臨床検査センターの株式を取得し、子会社化。

2001年4月 - 東京証券取引所第一部に上場。

2001年8月 - 株式会社共同検査システムの株式をすべて取得し、子会社化。

2002年9月 - 大塚製薬株式会社より臨床検査事業の営業を譲り受け。株式会社大塚東京アッセイ研究所の株式をすべて取得し、子会社化。

2003年2月 - 株式会社環境科学コーポレーションの株式をすべて取得し、子会社化。

2006年10月 - BML総合研究所にて、検体自動搬送ロボットによる生化学一般検査の新ラインが完成。

2007年3月 - 調剤薬局事業を事業譲渡

2010年9月 - コーヴァンス社(米国)と国際治験用共同ラボを設立。

2011年1月 - 株式会社大宮臨床検査センター(現:第一岸本臨床検査センター、当社100%出資)を設立。

2011年4月

株式会社フォレストホールディングスとの共同出資により受託臨床検査事業の持株会社として、株式会社九州オープンラボラトリーズを設立[2]


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