ビニール本
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ビニ本(ビニぼん)とは、1970年代末から1980年代初頭にかけてブームとなった過激な露出を売りにした成人向け書籍(いわゆるエロ本)のこと。

現在ではほぼ死語となっている。
概要ビニ本ブーム発祥の地、芳賀書店神田古書センター店(2018年閉店)

神田神保町芳賀書店が、この種の本を陳列・販売する際、店頭での立ち読み防止のためビニール(正確にはポリエチレン製)の袋で包装し、内容が見られないようにしたことに由来する[1][2]

1960年代末よりアダルトショップや通販などで販売されていたらしいが、1970年代中頃よりその数が増加し、特価本(ゾッキ本)の体裁で古書店にも販路を拡大した。1979年からはビニ本に特化した専門書店ができて大々的に売られるようになり、ビニ本ブームとなった。1980年代中頃よりアダルトビデオが普及するに伴い、1985年頃にはブームが終息し、1987年頃にはビニ本は制作されなくなった。

注意すべきなのはその流通経路である。ビニ本の仕入れに関しては、出版取次を介さず書店が出版社と直接取引をする[1]という点で、出版取次を介して配本される普通のエロ本とは一線を画する。また、同時期に流行したエロ本である「裏本」や「自販機本」とも流通経路が異なり、出版史上の位置づけも異なる。

1990年代以降にはいわゆる「有害図書」の排除気運が高まり、コンビニエンスストアや一般の書店で販売される普通のエロ本にも、ビニール袋に入れて販売される陳列スタイルを取る物も現れたが、ここで言う「ビニ本」とは異なる。1979年当時、ビニ本をビニールに入れて陳列してあったのは、あくまで「客の立ち読みを防いで回転率を上げる」という小売店の経営上の問題であり、「中身を公共の場で公開されることが好ましくない」という倫理的な要因ではない。なお、書籍をビニール袋に入れたり、あるいはひもで縛ったり、シールで小口を閉じたりと言った陳列方式自体は、立ち読みや同梱の付録の紛失・盗難防止などの目的で、エロ本に限らず一般書・雑誌などでも行われている。
歴史
起源

ビニ本のルーツは、1960年代末年頃より大人のオモチャ屋や通販などで流通していた「グラフ誌」と呼ばれるエロ雑誌にある[3]。当初は海外ポルノの流用が主流だったが、次第に日本人女性の撮り下ろしへと変わっていった。当時からポリエチレン製の袋に入っていたため「袋物」「ビニール本」などと呼ばれたが、当時は海外輸入物(洋ピン)の雑誌のモデルの局部に対しても執拗な修正が施してあるなど、それほど露出度が高いわけでは無かった[4]

この種の本は日販・トーハンなどの取次を通さず、出版されたものがそのまま特価本(ゾッキ本)と言う体裁で古書店に流れる流通経路が確立され、特価本卸を通して古書店にも出回るようになった。

この時期のベストセラーとしては、『下着と少女』シリーズ(1971年 - 、松尾書房)などがある。
ブーム初期

ビニ本ブームの発祥の地は神田神保町芳賀書店とされる[5]。芳賀書店のエロ本コーナーの売れ行きが良かったため、エロ本コーナーの拡大に際して立ち読み禁止の為にエロ本にポリ袋をかけたところ、客の回転率が跳ね上がった[1]。そこで1979年、ビニ本に特化した支店である「芳賀書店 神田古書センター店」を開店したところ、ニュースや雑誌にも取り上げられるほどとなり、一躍ビニ本がブームとなった。もともと芳賀書店は、古書の街・神保町という一等地に店を構え、書籍販売業よりも学術書などの出版業をメインとしていたが、経営難のために成人向け雑誌をビニール袋に入れて販売するようになると年商が3億を超え、その金で本社ビルを新築するほどであった[1]。1981年には、「ツービート」として人気絶頂期のビートたけしも『俺は絶対テクニシャン』で「うーん、ビニ本!」「芳賀書店!」と叫び、「週刊少年マガジン」で連載中の『1・2の三四郎』(1981年度講談社漫画賞少年部門受賞)でも主人公が芳賀書店で大量のビニ本を購入する姿が描かれるなど、1981年当時は広く人口に膾炙していた。神田古書店街の多くの古書店と特価本卸がビニ本屋に鞍替えし、神田神保町はビニ本の聖地となった。

ビニ本の爆発的な流行に伴い、多数のメーカーが設立され、多数のビニ本が出版されるようになった。1980年に出版された岡まゆみの『漫熱』はベストセラーとなり、一般新聞TVでも大きく取り上げられた。

小規模な書店や個人経営の書店では店の奥に成人コーナーを設け販売することが多かったが、ビニ本ばかり揃えた専門書店も存在した。神田神保町や歌舞伎町にはそのような専門書店がたくさん存在し、神田神保町に3店舗を構えた芳賀書店が代表的な書店であった。最盛期にはビニ本を出した出版社は30?40社もあり、一ヶ月に新作が120冊も出た。発行部数は月130万?140万部だったともいわれる(『週刊朝日』1980年9月19日号)[1][5]

ビニ本ブームの影響で、それまで隆盛していた自販機本はビニ本に押されるようになり、1980年頃を最盛期として[6]、衰退の道へと入る[5]


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