ヒ素中毒
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ヒ素中毒
概要
診療科救急医学
分類および外部参照情報
ICD-10T57.0
ICD-9-CM985.1
eMedicineemerg/42
MeSHD020261
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ヒ素中毒(ヒそちゅうどく)とは、ヒ素の生体毒性によって生じる病態であり、症状は多岐にわたるが、重篤な場合は重要な代謝酵素が阻害され多臓器不全を生じることなどにより死に至る。主に阻害されるのはリポ酸補酵素として用いる酵素で、ピルビン酸脱水素酵素やαケトグルタル酸脱水素酵素などである。このため、ピルビン酸や乳酸など脱水素反応基質が蓄積する。特にへの影響が大きく、神経学的症状が現れる場合もある。
急性期の症状

ヒ素中毒の急性期の症状は以下のようなものがあるがこれらがすべてではない。また必ずしもすべての症状を伴うわけではない。森永ヒ素ミルク中毒事件が有名であるが、最近の事件としては和歌山毒物カレー事件がある。後者の急性期の症状の報告を後に述べる。なお、急性期を過ぎて数年から数十年経過すると慢性期の症状が発症する。それは急性期とは全く別であり、別項に記載する。
主な症状

腹痛、腹部の圧痛や膨満感

嚥下障害、食道逆流悪心胸焼け

唾液の過分泌

嘔吐(吐瀉物は緑や黄色がかった色でしばしば血液が付着)

の違和感(乾燥感や緊張感)

口渇

発熱

嗄声、発語困難感

下痢、テネスムス(しぶり腹)、肛門の表皮剥脱

泌尿器の焼けるような痛み

痙攣、筋強直

粘調な発汗

四肢の紫斑

無表情

目の充血

譫妄

意識混濁

多臓器不全

和歌山毒物カレー事件

最初の2週間に出現したもの 文献には%が書かれている
[1]

胃腸障害(吐気、嘔吐、腹痛、下痢)、精神神経学的症状(衰弱感(Weakness)、 頭痛麻痺知覚異常痙攣精神障害)、皮膚科学的症状(発疹粘膜疹)、電解質異常(低カリウム血症、高リン酸血症)、血液学的症状(白血球増多、白血球減少、血小板減少、貧血)、肝機能変化(ASTの増加、ALTの増加)、心臓血管系変化(低血圧QT延長、T波異常、STセグメント異常)、心臓肥大肺水腫胸水

皮膚科的変化としては、事件後2週間までに、結膜下出血紅斑(flushing syndrome)、顔面の浮腫、斑丘疹性発疹、ヘルペス感染、末端の表皮剥離、脱毛症口内炎が観察された。

また、これらに加え、事件後3か月までに、爪甲横溝、爪横白線、爪白斑、爪異栄養症、爪周囲への色素沈着、炎症後色素沈着、ざ瘡様発疹、炎症後色素脱失、口唇の色素過剰が観察された。

検査と治療
検査

ヒ素中毒の疑いがあるときは、直ちに病院を受診することが大切である。ヒ素中毒の検査法のひとつは、の検査である。ヒ素が血中に入ると、毛に取り込まれ、何年もそこに留まる ⇒[1]。急性期は毛と爪の検査が意義があるが、何十年も経過した慢性ヒ素中毒では、通常検出できない。ヒ素の汚染源の検査も重要である。
治療

治療薬もいくつか開発されている。ジメルカプロールジメルカプトコハク酸(DMSA・通称Succimer)はキレート剤で、ヒ素を血中の蛋白質から隔離する作用があり、急性中毒に用いられる。副作用の筆頭は高血圧である。ジメルカプロールのほうが、DMSAよりも副作用が大きい[2]

Food and Chemical Toxicology誌で、カルカッタのインド生物化学研究所のケヤ・チョードリ (Keya Chaudhuri) らは、ラットに毎日ヒ素を含む水を飲ませた実験を報告している。ヒ素濃度は、バングラデシュや西ベンガル地方の地下水と同様とした。同時にニンニク抽出物を与えたラットでは、対照区と比較して血液と肝臓のヒ素が40%減少しており、尿への排泄が45%増加していた。ここから、ニンニクに含まれる硫黄化合物が組織や血液からのヒ素排出を促したと考察している。論文では、飲用水がヒ素の汚染されている地域では、予防的な意味でニンニクを鱗片で一日1から3枚食べるとよいとしている[3][2][3]
力価猛毒の三酸化二ヒ素

純粋なヒ素の LD50 は、経口摂取の場合763mg/kg 、腹腔内投与の場合は13mg/kgである。体重70kgのヒトの場合、経口摂取の場合で約53g に相当する。ただし、ヒ素化合物の場合、さらに大きくなることがある[4]

報告されているヒ素中毒のほとんどは、純粋なヒ素ではなくヒ素酸化物が原因である。特に純粋なヒ素とは桁違いに毒性の強い三酸化二ヒ素(亜ヒ酸)や砒化水素による中毒が多い。

なお、(水銀と対照的に)一般に無機ヒ素化合物より有機ヒ素化合物の方が毒性が低い。さらに、3価のヒ素化合物より5価のヒ素化合物の方が毒性が低い傾向にある。
意図せぬ中毒

ヒ素は毒としての用途以外にも医学用途で何世紀も使われていた。特にヒ素化合物の製剤であるサルバルサンペニシリンの開発前に梅毒治療薬として広く用いられた。(後にサルファ剤、続いて抗生物質によって取って代わられた。)

また、各種の強壮剤(patent medicine) にも含まれていた。化粧品としても利用され、ビクトリア朝時代には、石灰とヒ素の混合物を塗って、皮膚を白くしようとする女性がいた。ヒ素を使って皮膚の老化としわを抑えようとしたわけだが、ヒ素の一部はどうしても血中に吸収されてしまう。

色素の中には、ヒ素化合物を含むものもある。有名な例は、エメラルドグリーン(Paris Green)・シェーレグリーン(Scheele's Green)である。画家や職人の中毒事故のうち、この種の色素への暴露が原因だったものも少なくない。

現代では半導体製造プロセスのハイテク産業においてヒ素化合物が汎用されている(アルシン等)。これらは非常に毒性が高いものが多く、取り扱い過程で厳重な注意が払われている。
慢性ヒ素中毒
はじめに

慢性ヒ素中毒は高濃度のヒ素を含有する水の長期間の飲用によって生じる。これは地下水のヒ素汚染が原因となることがある[5]。他の色々な原因で体内にヒ素が入り、年月がたつと慢性ヒ素中毒の症状が出現する。

現にヒ素の摂取が進行中の場合は、汚染源に対する対策が必要である。症状が高度になると、癌や四肢末端の壊疽が発生するので早急な治療が必要である。
慢性ヒ素中毒の症状

ヒ素侵入後数年?十数年して、慢性ヒ素中毒が発生する。症状として皮膚の色素沈着(点状またはびまん性)、白斑(点状または雨だれ状)、盛り上がった硬化(keratosis,角化症)、ボーエン病皮膚癌基底細胞癌有棘細胞癌)、肺癌腎臓癌膀胱癌壊疽などが発生する。皮膚の変化の部位は露出部もあるが、特に衣服に覆われている部分に出現する場合も多い。症状が複数みられたり、多発することもある。皮膚の変化は、長年にわたってヒ素そのものが既に生体から消失しても診断の根拠になるので、重要な所見である。この時期に毛や爪のヒ素の検査を行っても無意味である。初期には唇や口腔内の色素沈着がみられることがある。


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