ヒーローズ・ジャーニー
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ヒーローズジャーニーの概念図[1]

物語論比較神話学において、ヒーローズ・ジャーニー(英雄の旅[2])、または単一神話(モノミス、神話の原形、原質神話[2])は世界中の多くの民話や神話に共通する、主人公が日常から何らかの非日常に遷移し最大の試練を乗り越え宝を持って[3]再び日常へ帰還する通過儀礼の構造である[4]

英雄神話でその生涯が一定の要素が一定の順番に並んでいることが多いことから構造に気づいたのは、ドイツのオットー・ランクと英国のロード・ラグランがよく知られ[5]、物語では一定数の要素が時系列にそって展開していくことがしばしば見られるという「構造」が広く知られるようになったのは、アメリカのジョーゼフ・キャンベルカール・グスタフ・ユング分析心理学の立場を援用しながら人間の魂(プシケ)の運動を定式化した[6]千の顔をもつ英雄(1949)によるところが大きい[7]。キャンベルは宗教を比較し英雄神話の筋書きの違いは構成要素の独自性によるもので基本的構造に違いはない「モノミス(神話の原形)」とし[7]、英雄神話とは人類が普遍的に希求する「魂の成長」を物語るものだから必然的にワンパターンなのだと説明する[8]

英雄は日常生活から危険を冒してまでも、人為の遠くおよばぬ超自然的な領域に赴く。その赴いた領域で超人的な力に遭遇し、決定的な勝利を収める。英雄はかれにしたがう者に恩恵を授ける力をえて、この不思議な冒険から帰還する[9]

キャンベルの英雄冒険神話(monomyth)研究などはプロフェッショナルな民俗学者(アカデミックなフォークロア)とは名乗れないものだと言われている[10]。キャンベルの「英雄の旅」はむしろ映画のシナリオ作りの理論として応用可能性・普遍性が評価されている[2]
背景

英雄の旅の神話の研究は物語論比較神話学において多様な神話の土台が初期の人類にあると仮定した1871年の人類学者エドワード・バーネット・タイラーに遡り得る[11]。他方で1909年に精神分析学者オットー・ランクと1936年にアマチュア人類学者ロード・ラグランは英雄神話に共通する構造を指摘した[5]。ランクとラグランは手法もその結果の類似の指摘も似ているが、なぜ類似するのかという理由についてはそれぞれ依って立つ考え方の違いのために結論が異なっている[12]。キャンベル自身は英雄神話が個人の深層心理から生まれるが故に普遍的だという深層心理学的な考え方より、英雄とは実際の存在ではなく祭式の存在であるというランクの名前は一箇所出しても英雄とは集団的自画像であるというラグランの名前はまったく出していない[7]。フロイト、ランク、ユング、キャンベル、フォン・フランツの諸見解から、英雄に表わされる心理は自我一般の象徴というより、「自己に従って現在のうちに生成を続ける自我のモデルとしての象徴」とまとめることができる[13]
用語

キャンベルの神話学の中でも特に重要な「モノミス」(monomyth)と呼ばれる概念はジェイムズ・ジョイスフィネガンズ・ウェイク(1939)の言葉であるが、キャンベルのジョイス研究書の中ではその言葉の説明を一切していない[14]。この言葉はキャンベルが神話分析をする上でよく参照していてフロイトの「原光景」(primal scene)と深い関係がある[14]

「英雄の旅」という概念はジョセフ・キャンベルがプロップの研究を踏襲して、神話の中で大きな割合を占めている英雄の冒険物語を中心に、プロップの31個の機能に基づき主張し、クリストファー・ボグラーは『神話の法則』(2002)でキャンベルの理論に基づき、現代のアメリカ文学作品やメジャースタジオ作品を古代神話に結びつけてストーリーテリングの構造の基本法則を12ステップにまとめている[15]
概要

世界の英雄神話の土台的構造の理念型について、『千の顔』でキャンベルは次のように述べる:[2]

「英雄の神話的冒険がたどる標準的な道は、通過儀礼が示す定形――分離、イシニエーション、帰還―― を拡大したものであり、モノミスの核を成す単位と言ってもいいだろう。」「英雄はごく日常の世界から、自然を超越した不思議の領域(X)へ冒険に出る。そこでは途方もない力に出会い、決定的な勝利を手にする(Y)。そして仲間(Z)に恵みをもたらす力を手に、この不可思議な冒険から戻ってくる。」[2]

キャンベルは『千の顔を持つ英雄』の中で、各要素に対応した神話の断片を紹介しており、「大鴉の物語」のように、神話類型論と包括的な重ね合わせがなされた神話は少ない。「大鴉の物語」にしても、神話類型論を十全に含むものではない[16]。ランクやキャンベルが英雄神話や魔法昔話が一定の構造を持っているという指摘し、その構造が深層心理に由来すると主張したとしても、事実としては表層的な形式の指摘に留まるものであり、限られたカテゴリーについてのみ当てはまるもので、神話一般や昔話一般、さらには人間文化一般の普遍性表現様式とは言えない。クロード・レヴィ=ストロースは神話・説話に含まれる小さなモチーフを神話素と呼び[17]人間の思考が脳の深層部で構造化された言語表現が神話であるという全く異なる神話観を持っており、自身の神話の構造分析において、フロイトについて言及することはあっても、ユングにもランクにもプロップにもキャンベルにも言及しない[18]。この「出離、試練と勝利、帰還」の X-Y-Z の 3 ステップ、3幕が、英雄の「行きて帰りし物語」、英雄神話の土台を作る。キャンベルは英雄神話の構造たる「英雄の旅」を次のような図式に示す:[2]
出離(離別・出立)

イニシエーション(通過儀礼としての試練と勝利)

帰還(帰還・帰還した主人公の社会への再統合)

出離において[2]、神話の英雄、主人公は、その日常的な小屋や城から抜け出し、冒険に旅立つ境界へと誘惑されるか拉致される。あるいは自ら進んで旅を始める。そこで彼は道中を守り固めている影の存在に出会う。英雄はこの存在の力を打ち負かすか宥めるかして、生きながら闇の王国へと赴くか(兄弟の争い、竜との格闘、供犠、魔法)、相手に殺され、死んで下界へ降りて行く(四肢解体、磔刑)[19]

イニシエーションにおいて[2]、英雄は境界を越え、未知ではあるがしかし奇妙に馴染み深い諸力の支配する世界を旅してゆく。超越的な力のあるものは容赦なく彼を脅かし(試練)、またあるものは呪的支援を与える(助力者)。神話的円環の最低部に至ると、英雄はもっとも厳しい試練をうけ、その報酬を克ちとる。勝利は世界の母なる女神と英雄との性的な結合(聖婚)として、父なる創造者による承認(父親との一体化)として、彼自身の聖化(神格化)として、あるいは逆にそれら諸力が英雄に敵意的なままであるならば彼が今まさに克ちうる機会に直面した恩恵の掠盗(花嫁の掠奪、火盗み)としてあらわされうる。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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