パール_(アルバム)
[Wikipedia|▼Menu]

『パール』
ジャニス・ジョプリンスタジオ・アルバム
リリース1971年1月11日
録音ロサンゼルスサンセット・サウンド・レコーダーズ(1970年9月5日 - 10月3日)
ジャンルブルースロック
レーベルコロムビア・レコード
プロデュースポール・A・ロスチャイルド
専門評論家によるレビュー


Allmusiclink

チャート最高順位

1位(アメリカ[1]、オランダ[2]、ノルウェー[3]

10位(日本[4]

20位(イギリス[5]

ジャニス・ジョプリン アルバム 年表

コズミック・ブルースを歌う
1969年)パール
(1971年)ジョプリン・イン・コンサート
1972年


ミュージックビデオ
「Half Moon」 - YouTube
「Buried Alive in the Blues」 - YouTube
「My Baby」 - YouTube
「Get It While You Can」 - YouTube
テンプレートを表示

『パール』(Pearl)は、アメリカの女性ロックヴォーカリストジャニス・ジョプリンのアルバム。本作が完成する前の1970年10月4日にジャニスが亡くなり、1971年1月に遺作として発表された。2003年に『ローリング・ストーン』誌が選出した「オールタイム・グレイテスト・アルバム500」で122位にランク・インしており、後の改定では125位[6]となった。
解説

アルバム・タイトルは、ジャニスの愛称にちなんでいる。シングル「ミー・アンド・ボビー・マギー」、アルバム共に全米1位(『ビルボード』誌のチャート)を記録。特にアルバムの方は、9週連続で1位だった。ジャニスの新たなバック・バンドであるフル・ティルト・ブギー・バンドを従えて制作された。ピアノ奏者とオルガン奏者がいる、ツイン・キーボード体制ということもあって、ゴスペル色の濃い仕上がりとなった。プロデューサーは、長い間ドアーズを手掛けてきたポール・A・ロスチャイルド。

1970年9月からレコーディングが開始されたが、翌10月4日にジャニスが薬物の過剰摂取で急死したことによって、一部の楽曲は未完成のまま収録された。死の当日にボーカルを録音する予定だった「生きながらブルースに葬られ」はインストゥルメンタルとして、「ベンツが欲しい」はアカペラの仮録音のまま収録されている。

1999年に、ボーナス・トラック4曲(いずれもカナディアン・フェスティバル・エクスプレス・ツアーからのライヴ音源)を追加した、リマスターCDが発売された。
収録曲概要

「ジャニスの祈り」は、ジャニスが単独で書いた曲。ジャニスの代表曲として特に著名であり、後に
スレイドシンデレラ松本孝弘GLIM SPANKYらがカヴァークリスタルキング田村直美坪倉唯子(B.B.クィーンズ)、平原綾香もライヴで取り上げた。

「クライ・ベイビー」は、1971年春に本作からの第2弾シングルとなり、全米42位を記録。

「ハーフ・ムーン」は、後に金子マリ&バックス・バニーがカヴァーした。

「生きながらブルースに葬られ」はニック・グレイヴナイツの作。彼はジャニスの死後にボーカルを録ることを依頼されたが断ったため、イントゥルメンタルとして収録された。彼はその後、ジャニスのバックバンドBig Brother and the Holding Companyの1971年のアルバム『How Hard It Is』で自らこの曲を歌っている。

ミー・アンド・ボビー・マギー」は、作者の1人であるクリス・クリストファーソンのデビュー作にも収録された。ジャニスのヴァージョンが大ヒットしたのを受けて、クリスのアルバムも『ミー・アンド・ボビー・マギー』にタイトルを変更されている。

ベンツが欲しい」はレコーディング前に死去したため、仮録音がそのまま収録されている。バックはなく、ジャニス自身の靴音だけによるアカペラである。

「トラスト・ミー」は、ソウル界の大物ボビー・ウーマックが、作詞・作曲・アコースティック・ギターを担当。

「クライ・ベイビー」「マイ・ベイビー」はガーネット・ミムズのカヴァーで、「愛は生きているうちに」はハワード・テイトのカヴァー。いずれもジェリー・ラゴヴォイが作曲に関わっている。


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:14 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef