パーラメント
Parliament
ジャンルファンク、サイケデリック・ソウル
パーラメント (Parliament) は、1955年に14歳のジョージ・クリントンが結成したドゥーワップグループ、「ザ・パーラメンツ」を母体としたアメリカ合衆国のファンクバンドである。 前身のザ・パーラメンツは、1967年に「(アイ・ウォナ)テスティファイ」がソウル3位、ポップでも20位のヒットとなるが[1]、1968年にレヴィロット・レコードとの契約上の問題からザ・パーラメンツの名前を使えなくなり、バック・バンドと共にファンカデリック名義での活動を始める[2]。そして、グループ名の使用権の問題が解決してからは「パーラメント」としても活動するようになった[2]。このパーラメントとファンカデリックの作る音楽をPファンクと呼ぶ。 1970年にインヴィクタス・レコードと契約し1枚のアルバム『オズミウム』を発表した後、1974年から1980年にカサブランカ・レコードに9枚のアルバムを残した。パーラメントとしては「ギヴ・アップ・ザ・ファンク」(1976)「フラッシュ・ライト」(1977)などのヒット曲がある。 主なメンバーはジョージ・クリントン、ブーツィー・コリンズ、バーニー・ウォーレルらで、ファンカデリックのメンバーとはかなりの部分が重複するが、パーラメントではバーニー・ウォーレルによるピアノ、キーボードを大きくフィーチャーし、宇宙観の表現を重視する。 1980年代初頭、クリントンはパーラメント及びファンカデリック名義での活動を停止し、1982年にはソロ・デビューを果たすが、その後も「Pファンク・オール・スターズ」として、両バンドの元メンバーとの活動を続ける[2]。 1997年、パーラメントとファンカデリックはロックの殿堂入りを果たし、プリンスがプレゼンターを務めた[3]。また、両バンドは「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」において第58位に選ばれている[4]。
キャリア
ディスコグラフィ
スタジオ・アルバム
『オズミウム』 - Osmium (1970年、Invictus)
『アップ・フォー・ザ・ダウン・ストローク』 - Up for the Down Stroke (1974年、Casablanca)
『チョコレート・シティ』 - Chocolate City (1975年、Casablanca)
『マザーシップ・コネクション』 - Mothership Connection (1975年、Casablanca)
『ザ・クローンズ・オブ・ドクター・ファンケンシュタイン』 - The Clones Of Dr. Funkenstein (1976年、Casablanca)
『ファンケンテレキーVS.プレイスボ・シンドローム』 - Funkentelechy vs. the Placebo Syndrome (1977年、Casablanca)
『モーター・ブーティー・アフェア』 - Motor Booty Affair (1978年、Casablanca)
『グローリィホーラストゥピッド』 - Gloryhallastoopid (1979年、Casablanca)
『トロンビピュレイション』 - Trombipulation (1980年、Casablanca)
『メディケイド・フロード・ドッグ』 - Medicaid Fraud Dogg (2018年、C Kunspyruhzy Records)