ニューヨーク州パットナム郡
郡のニューヨーク州内の位置
州のアメリカ合衆国内の位置
設立1812
郡庁所在地カーメル
最大都市カーメル
面積
- 総面積
- 陸
- 水
637 km2 (246 mi2)
598 km2 (231 mi2)
39 km2 (15 mi2), 1.21%
人口
- (2010年
パットナム郡(英語:Putnam County)は、アメリカ合衆国のニューヨーク州、ロウアー・ハドソン・リバー・バレーに位置する郡である。1812年にダッチェス郡から分離して誕生した。2010年の人口は、99,710人である。ニューヨーク都市圏の一部で、郡庁所在地は、カーメル・ハムレットである[1]。パットナム郡の名称は、フレンチ・インディアン戦争の英雄であり、アメリカ独立戦争時には将軍となったイズラエル・パットナムに敬意を示して名付けられた。2000年国勢調査によれば、パットナム郡は最も豊かな郡の1つで、平均家計収入では11位、1人当たりの所得では47位にランクインしている。 ニューヨーク・コロニー(州の前身)が1683年に、州内の12の郡を設立した際、パットナム郡はダッチェス郡の一部だった。さらに、現在のコロンビア郡である2つの町もダッチェス郡に含まれていた。ダッチェス郡は、1713年までアルスター郡に取りまとめられていた[2]。 1609年には、ワッピンガーと呼ばれるネイティブ・アメリカンが、ハドソン川の東側に居住していた。彼らは、ハドソン・バレーの豊かな土地で、魚を採ったり、作物を栽培したりしていた。彼らはたびたびオランダの貿易者と会い、アルコールや火器などを得ていた[2][3]。 1691年、オランダの貿易者が、パットナム郡の地域をワッピンガーから購入している。6年後、貿易者は裕福なオランダ人?アメリカの商人であるアドルフ・フィリップス。この人物は、ハドソン川からコネチカット州との境界線までの土地に対して、王の特許を得ている?に、フィリップス・バテントとして知られる地域を売っている[2][3]。 1737年、ダッチェス郡の南部地域のフィリップス・パテントを植民地会議が指定し、マサチューセッツ、コネチカット、ロングアイランド及びロウアー・ウェストチェスターの農場で移民を受け入れ始めた。アドルフ・フィリップスの死後、1754年にパテントは、メリー・フィリップス、フィリップ・フィリップス、スザンナ・フィリップス・ロビンソンという3人の相続人に引き継がれ、9つの土地に分割された。フレンチ・インディアン戦争中、ワッピンガーの多くは、マサチューセッツ州のストックブリッジ
目次
1 歴史
2 行政
2.1 郡政府行政官
2.2 郡議会議員
2.3 郡保安官
2.4 政治
3 地理
3.1 貯水池
3.2 近隣の自治体
3.3 気候
4 町と自治体
4.1 カーメル
4.2 ケント
4.3 パターソン
4.4 フィリップスタウン
4.5 サウスイースト
4.6 パットナム・バレー
4.7 コールド・スプリング
4.8 ネルソンヴィル
4.9 ブリュースター
5 人口動態
5.1 収入
6 教育
7 交通
8 文化
8.1 名所
8.2 出版
9 インフラストラクチャー
10 関連項目
11 出典
12 外部リンク
歴史
パットナム郡の領域が決まるのは、ハドソン・バレーの他の地域より、2つの理由により遅かった。第1の理由として、郡の領域は私有地であり、居住するためには、フィリップスに収入の一部を払う必要があった。また、土地のほとんどが険しい岩地で、耕すのが難しく、農業には不適切であり、産業は酪農か林業に限られていた。しかし、一般の開発者がコネチカット州との曖昧な境界に沿い、開発を行い、議論により、この地域はフィリップスによって所有されないと考えた、ニューイングランドの農民達が、移住するようになった。コネチカット州との境界に関する問題には、植民地のニューヨークが、ハドソン川から東へ20マイルまでの領域を要求している。