パスポート
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日本のパスポートについては「日本国旅券」を、その他の用法については「パスポート (曖昧さ回避)」をご覧ください。
日本国旅券(10年間有効)アメリカ合衆国旅券国連レッセ・パッセ(外交旅券相当の赤表紙。他に公用旅券相当の青表紙の物がある)

パスポート(: passeport、: passport)または旅券(りょけん)とは、国籍およびその他身分に関する事項を証明外国官庁保護依頼している、公的機関交付する文書
概要

パスポートは、国際的に通用する全世界共通の身分証明書として、出国者の属する政府によって発行される渡航文書である[1]

パスポートは、国際移動する場合に必要なものであり、査証(ビザ)は、パスポートに記入ないし貼付される。査証が渡航予定国の政府による入国推薦状であるのに対し、パスポートは国籍保有国の政府による、所持者の「渡航を認め」「国籍を有することを証明」し、渡航先の国家に対して「人身保護を要請する」書類である。パスポートに関する文書は、ICAO(国際民間航空機関)において標準化されている。

パスポートには身分事項として所持者の国籍・氏名・生年月日・性別が記載され、このほかに旅券番号・発行年月日・有効期限・発行機関なども記されている[1]。また、パスポートに印刷される証明写真は、所持者の身元を明らかにするものとして、特に重要な役割を果たしている[1]

パスポートの記載では、本国(または居住国)の政府が外国当局に対し、所持者の安全のための措置を講じるよう、保護を要請しているのが通例である[1]

主権国家中央政府が、特定の国民一人に対して発行する公的書類であり、言い換えれば「もっとも国際的通用度の高い身分証明書」である。
歴史

古くより、国境や地方の間には関所が設けられ、そこを通過するためには許可証を提示するという制度があった。日本でも朱印状勘合など、海外との貿易において、その商人が「権力者が公的に認めた者」を記す書状はあった。これらはどの国家から誰に対しても発給することができた(江戸時代の日本の朱印状は、日本人以外でも、欧州の民にも発給されている)。また、その有効期限は非常に限定されており、通常一回の旅行用であった。これらが発展し、近代的な「所有者が国籍を持っている国家だけが発給し、なおかつ複数の旅行・複数の目的地で有効」という現代のパスポートの概念は、20世紀中頃から始まったものである。

ローマ帝国時代にはすでに形式ができており、『この旅行者に危害を加える者は、ローマ皇帝宣戦布告したものとみなす』の一文(旅行者の人身保護規定文)が記入されていた。さらに古くは、紀元前14世紀のアマルナ文書に、ミタンニ王国がエジプトに派遣した使者の迅速かつ安全な通過をカナン諸国の諸王に求める内容の、円筒印章の押された外交・公用旅券に相当する粘土板書簡が見いだされている(EA30、大英博物館所蔵 BM 29841)[2]。 

このように、初期のパスポートは現代の査証(ビザ)に類似しており、そのおもな機能は所有者の身分と国籍を証明するものである。1920年代まで、パスポートは一枚の紙面であった。現在の冊子形式のパスポートはイギリス帝国の市販製品に起源を持ち、それは入出国証印のための冊子が入ったの小物入れであった。数年後、英国政府英国旅券でこのデザインを模倣した。

パスポート (passport) という言葉は、海の港(port (ポート))だけでなく、都市城壁の門(porte(ポルト))を通過する(pass (パス))ために要求された中世の文書が起源であると考えられる。中世ヨーロッパでは、かかる文書を、地方当局より誰にでも発給することができ、通常所有者に通過を許可した町や都市のリストが含まれていた。

フランスでは18世紀末の1793年、国内外を問わずすべてのフランス人旅行者に居住地の警察署が発行するパスポートの取得を義務づけた。この制度は19世紀中頃の1860年代まで続いた。当時のフランスではホテルに泊まるにも就職するにも、あらゆる場面でパスポートの提示が必須であった。犯罪歴のある人物には黄色いパスポートが発行され、あらゆる場面で差別を受けていた。この様子は小説『レ・ミゼラブル』の中で書かれている。

この時代、開かれた貿易地点であると考えられた海港への移動では、パスポートはあまり求められなかったが、そこから内陸都市へと移動するには必要であった。初期パスポートは、必ずではないが多くの場合、所有者の身体に関する記述を、20世紀初頭の頃のみであるが写真とともに収容していた。日本で初めて発行された18枚のうち、第3号を受けた亀吉の所持していた旅券

現存する日本最初のパスポートは、1866年に江戸幕府イギリスへ向かう曲芸師たち総勢18名の「日本帝国一座」に発行したものである。第1号は、隅田川浪五郎という人物。各人の住所・氏名・年齢(生年月日)以外に目・鼻・口・顔など写真が普及していない時代に顔の特徴が明記されていた。これら18枚のうち、第3号を発行された亀吉が持っていた旅券は、実物が今でも残っており、外交史料館に保管されている[3][4]。当初は定められた名称がなく、「旅切手」「印章」「免状」などと呼ばれていた。「旅券」と定められたのは、1878年2月20日に外務省が布告第1号として発した「海外旅券規則」からである。これを由来として、2月20日は「旅券の日」という記念日となっている[5]。なお、日本は明治11年から大正7年までの約40年間、日本人の渡航では外国の要求に応えて旅券を提示していたが、入出国する外国人に対しては旅券の提示を求めていなかった[6]

第一次世界大戦のあと、国際連盟における International Conference on Passports, Customs Formalities and Through Tickets(仮訳:旅券、通関手続きと通し切符に関する国際協議会)、のちに国際連合国際民間航空機関(ICAO)が、パスポートのレイアウトと機能についての標準化を勧告した。これらの勧告は、現代のパスポートを大きく方向づけてきた。
パスポートの発行と種類

通常、パスポートは出国者の属する政府によって発行される[1]
日本のパスポート

期間や役職などによって5種類存在する。紺色が5年用、赤(えんじ色)が10年用、緑色が国会議員や公務員が使う公用旅券、茶色が皇族や閣僚・外交官などが使う外交旅券、紺色が在外公館において特別な理由により臨時で必要になる人のために発行する緊急旅券[7][8]
日本以外のパスポート・旅券詳細は「Category:各国のパスポート」および「en:Category:Passports by country」を参照

アメリカ合衆国旅券 - 目的別に6種存在し色分けされる。

ICパスポートの導入

ICAOは、パスポートの偽造防止・利用者の利便性向上のため、ICパスポート導入を検討し、2005年国際規格を策定した。アメリカ同時多発テロ事件後のテロリズム対策の強化などもあり、各国はICパスポートの導入を進めている[9]

特にアメリカ合衆国連邦政府アメリカ合衆国国土安全保障省出入国管理および市民権局)は、アメリカ同時多発テロ事件以降、テロリズム対策に伴う出入国管理強化の一環として、諸外国にパスポートへのICカード技術の導入を強力に求め、対応しない国家の国民には「ビザ免除プログラムの適用を認めない」態度をとっているため、生体認証のための情報などを、集積回路にデータを記録する動きが加速している。


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