パストラル
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ジョルジョーネ『田園の奏楽』。ただし、現在ではティツィアーノ作とも言われる.mw-parser-output .side-box{margin:4px 0;box-sizing:border-box;border:1px solid #aaa;font-size:88%;line-height:1.25em;background-color:#f9f9f9;display:flow-root}.mw-parser-output .side-box-abovebelow,.mw-parser-output .side-box-text{padding:0.25em 0.9em}.mw-parser-output .side-box-image{padding:2px 0 2px 0.9em;text-align:center}.mw-parser-output .side-box-imageright{padding:2px 0.9em 2px 0;text-align:center}@media(min-width:500px){.mw-parser-output .side-box-flex{display:flex;align-items:center}.mw-parser-output .side-box-text{flex:1}}@media(min-width:720px){.mw-parser-output .side-box{width:238px}.mw-parser-output .side-box-right{clear:right;float:right;margin-left:1em}.mw-parser-output .side-box-left{margin-right:1em}}ポータル クラシック音楽

パストラル(: pastoral、: pastorale、: pastorale、パストラーレ)は、形容詞としては羊飼いのライフスタイルや牧畜、つまり季節や水・食糧の入手可能性のために広大な陸地を家畜を移動することを表す言葉である。さらに羊飼いの生活を描いた文学・音楽をも指し、それは非常に理想化されていることが多い。また名詞の「パストラル」は詩(田園詩、牧歌)・美術(田園画)・音楽(田園曲)・ドラマ(牧歌劇)のことを指す。文学の「パストラル」(名詞・形容詞両方)はブコリック[1]とも言う。ギリシャ語の「牛飼い」を意味するブーコロス[2]に由来する言葉で、東地中海からメソポタミアにかけての地域で生まれた牧畜の伝統がギリシャを通じてヨーロッパに移入されたことを反映している。
文学

文学における狭義のパストラルは、田園の理想郷を舞台として牧人たちが恋の歌を競い合うという形式をとる[3]
一般のパストラル文学(田園文学)

文学では、形容詞の「パストラル」は、田舎の話題、あるいは羊飼い・牛飼いなどの農園労働者にまじっての田園地方での生活を指し、それはロマン主義化ならびに非現実的な手法で描かれることが多い。実際、パストラルな生活は人生の余生よりむしろ最盛期として描かれることが時々ある[4]。典型的なパストラルの雰囲気はクリストファー・マーロウの『若き羊飼いの恋歌』が手本となった。「一緒に暮らそうよ、僕の恋人になって/二人で楽しもう/丘、渓谷、谷、野原/そして岩山がもたらす喜びすべてを/岩の上に座って/羊飼いが餌をやるのを見ていようよ/浅い川のそば、流れに合わせて/鳥たちがマドリガルを歌ってるよ」。

パストラル文学に登場する「羊飼いと乙女」は普通「コリュドン」「フィロメーラ」というギリシャ人名で、それは「パストラル」というジャンルの起源を反映したものである。パストラル詩(田園詩)は美しい田園の風景、文学用語で言うと「ロクス・アモエヌス[5]。詩人たちはアルカディアを一種のエデンの園のように描いた。羊の世話などの現実の田舎の雑用は、空想の中でほとんど労力を必要としないものとされ、背景の中に埋もれ、女羊飼いとその求婚者のことはほとんど余暇の状態の中に捨て置かれる。そうすることで羊飼いたちを永久のエロティックなファンタジーに具象化できるのである。羊飼いたちはかわいい女の子たちを追いかけることに、ギリシアやローマの詩ではかわいい男の子たちを追いかけることに、時間を費やす。ウェルギリウスの第二エクローグ『Formosum pastor Corydon ardebat Alexin(羊飼いコリュドンは美しいアレクシスに熱をあげる)』は同性愛である。
パストラル詩(田園詩)ウェルギリウス著『農耕詩』第3巻。羊飼いと家畜の絵。バチカン図書館所蔵

パストラル文学はヘレニズム期ギリシアのテオクリトスから始まった。テオクリトスの『牧歌(エイデュリオン)』の数篇は田園地方を舞台とし(おそらくテオクリトスの住んだコス島の景色を反映しているものと思われる)、牧夫たちの間の会話も含まれている[6]。テオクリトスはシチリアの羊飼いたちの実際の民俗伝承を集めたのかも知れない。テオクリトスはドーリア方言でこれを書いたが、使った韻律は、ギリシア詩で最も有名な形式、つまり叙事詩ダクテュロスヘクサメトロスだった。この素朴さと洗練さのミックスは、後のパストラル詩でも主要な要素となる。テオクリトスの詩は、ギリシアの詩人スミュルナのビオン(英語版)やモスコスに模倣された。

ローマの詩人ウェルギリウスはこの形式の詩を『牧歌』でラテン語に適用させた。ウェルギリウスはテオクリトス以上に理想化した田園生活を叙述し、後のパストラル文学が好んでその舞台としたアルカディアをはじめてその舞台とした。さらにウェルギリウスは政治的なアレゴリー(寓意)の要素をパストラル詩に含めた[7]。ウェルギリウスの理想郷は都会の人間の視点であり、都会と田園の概念的な対立や、都会と田舎絵をめぐる往還がみられる[3]

パストラル詩は、14世紀前半くらいからペトラルカ、ポンターノ(英語版)、マントゥアヌス(英語版)といったイタリアの詩人たちがラテン語で復活させ、その後、マッテーオ・マリーア・ボイアルドがイタリア語で書いた。

パストラルの流行はルネサンス期のヨーロッパ中に広まった。スペインではガルシラソ・デ・ラ・ベガ(英語版)がその重要な先駆者で、そのモチーフは20世紀のスペイン語の詩人ジャンニナ・ブラスキ(英語版)が蘇らせた中に見ることができる。フランスの指導的パストラル詩人にはクレマン・マロピエール・ド・ロンサールなどがいる。

イギリスで最初のパストラル詩はアレクサンダー・バークレー(英語版)の『田園詩([8]』(1515年頃)で、それはマントゥアヌスの強い影響を受けていた。イギリスのパストラル詩の金字塔は、1579年に発表されたエドマンド・スペンサーの『羊飼いの暦(英語版)』である。この作品には1年12ヶ月に相当する12のエクローグで成り立ち、方言で書かれ、エレジー寓話、当時のイングランドの詩の役割に関する論が含まれていた。スペンサーや友人たちも偽名で登場する(スペンサー自身の偽名は「コリン・クラウト」)。スペンサーの『羊飼いの暦』はマイケル・ドレイトン(英語版)の『Idea, The Shepherd's Garland』やウィリアム・ブラウン(英語版)の『Britannia's Pastorals(ブリタニアの羊飼いたち)』といった模倣を生んだ。英語詩で最も有名なパストラル・エレジー[9]は、ジョン・ミルトンが大学時代の学友エドワード・キング(英語版)の死に寄せて書いた『リシダス(英語版)』(1637年)である[10]。ミルトンがこの形式を用いたのは、作家という職業を切り開くためと、ミルトンが教会の職権乱用だと思っているものを攻撃する、両方の目的からだった。英語詩のパストラル詩は、アレキサンダー・ポープの『牧歌[11]』(1709年)あたりを最後に、18世紀にいったん死滅した。『Shepherd's Week(羊飼いの一週間)』を書いたジョン・ゲイのようにパロディ化する作家が現れる一方で、ジョンソン博士はその作為性を批判し、ジョージ・クラッブ(英語版)はそのリアリズムの欠如を攻撃して、『The Village(村)』(1783年)という自作の詩の中で田舎の生活の真実の情景を叙述しようと試みた。それにもかかわらず、パストラルは生き残った。マシュー・アーノルドが友人の詩人アーサー・ヒュー・クラフ(英語版)の死に送った挽歌『Thyrsis』(1867年)といった作品がそうだが、ジャンルというよりむしろ雰囲気としてだった。
パストラル・ロマンスアルカディアの羊飼い、画家チェザーレ・サッカギの作品

イタリアの作家たちはパストラル・ロマンス[12]という新しいジャンルを発明した。それはパストラル詩と散文で書かれた虚構の物語体を混ぜ合わせたものだった。古典にはこの形式の先例はなかったが、『ダフニスとクロエ』のような田園地方を舞台にした古代ギリシアの小説から若干のインスピレーションを得ていた。この形式のもので最も有名なものはヤコポ・サンナザロ(英語版)の『アルカディア』(1504年)である。パストラル・ロマンスの流行はヨーロッパ中に広まり、スペインではホルヘ・デ・モンテマヨール(英語版)の『Diana』(1559年)、イングランドではフィリップ・シドニーの『アーケイディア』(1590年)、フランスではオノレ・デュルフェ(英語版)の『Astree』(1607年 - 1627年)が書かれた。
パストラル・ドラマ

ルネサンス期のイタリアにはパストラル・ドラマ(牧歌劇)[13]も現れた。こちらもギリシアのサテュロス劇を除けば古典に先例がないものだった。アンジェロ・ポリツィアーノの『オルフェオ』(1480年)がこの新しい形式のはじまりだが、その全盛期は16世紀後期で、その中には、トルクァート・タッソの『アミンタ』(1573年)、ジョヴァンニ・バッティスタ・グァリーニの『忠実な羊飼い[14]』(1590年)といったものがある。


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