バーリン郡_(ミシガン州)
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ミシガン州バーリン郡
郡のミシガン州内の位置
州のアメリカ合衆国内の位置
設立1829年10月29日
郡庁所在地セントジョセフ
最大の都市ナイルズ
面積
 - 総面積
 - 陸
 - 水
4,096 km2 (1,581.38 mi2)
1,479 km2 (571.00 mi2)
2,617 km2 (1,010.39 mi2), 63.89%
人口
 - (2020年)
 - 密度
154,316人

標準時東部: UTC-5/-4
ウェブサイト ⇒www.berriencounty.org

バーリン郡(: Berrien County)は、アメリカ合衆国ミシガン州ロウアー半島の南西隅に位置するである。人口は15万4316人(2020年)[1]郡庁所在地はセントジョセフであり、同郡で人口最大の都市はナイルズである。

バーリン郡はナイルズ・ベントンハーバー都市圏に属している。
歴史

バーリン郡の郡名はアンドリュー・ジャクソン大統領の政権でアメリカ合衆国司法長官を務めたジョン・バーリンに因んで名付けられた。ミシガン州の郡にはジャクソン内閣の閣僚の名前を付けたものが多く、バーリン郡もその「内閣郡」の1つである。

1805年にミシガン準州が設立された後、現在のバーリン郡となった地域はウェイン郡の一部になっていた。1780年頃、ニュージャージー州からウィリアム・バーネットがこの地域に入り、セントジョセフ川河口(現在のセントジョセフ市)で交易基地を設立し、当時この地域に住んでいたインディアンフランス系カナダ人と交易を行った。同じ頃、ジョセフ・バートランドもこの川沿いの現在はナイルズ・チャーター郡区になっている辺りに交易基地を設営した[2]。1822年12月、インディアナから伝道師のアイザック・マッコイがその家族と18人のインディアン弟子を引き連れ、現在のナイルズ市近くセントジョセフ川沿いに入って、ポタワトミ族インディアンにキリスト教を伝導するための伝導所を開いた。マッコイはその伝導所をキャリー伝導所と名付けており、一番近い白人の開拓地からは100マイル (160 km) 離れていた[3]。1827年、ウェイン郡の一部としてセントジョセフ郡区が組織化された。この郡区には1821年のシカゴ条約でインディアンから獲得した土地の全てが含まれていた。

バーリン郡の境界は1829年10月29日にミシガン準州議会で成立した法で定義され、それは現在と同じものだったが、当初は管理目的のためにナイルズ郡区としてカス郡に付設されていた。1831年、バーリン郡がカス郡から分離して正式な郡となった。

バーリン郡は当初バーリン、セントジョセフ、ナイルズの3郡区に分割された。バーリン郡区は現在のバーリン、オロノコ、レイクの各郡区とその北にあった2マイル (3 km) の帯状地で構成された。セントジョセフ郡区はバーリン郡区の北側全てだった。ナイルズ郡区はバーリン郡区の南側全てだった[4]
地理

バーリン郡はその南でインディアナ州に接し、西はミシガン湖になっている。北はヴァンビューレン郡と、東はカス郡に接している。アメリカ合衆国国勢調査局に拠れば、郡域全面積は1,581.38平方マイル (4,095.8 km2)であり、このうち陸地571.00平方マイル (1,478.9 km2)、水域は1,010.39平方マイル (2,616.9 km2)で水域率は63.89%である[5]

セントジョセフ川が目立つ地形であり、郡の最北および最西からナイルズ市を通り、セントジョセフ市でミシガン湖に注いでいる。郡南西部はガリーン川とその支流に排水されている。北部にはポーポー湖があり、そこから流れ出るポーポー川はセントジョセフ川と合流した直後にミシガン湖に流れ込んでいる。インディアナ州州境に近い小部分はカンカキー川の小さな支流に排水しており、カンカキー川は最終的にミシシッピ川に流れ込んでいる。ミシシッピ川に排水される地域はミシガン州でも数少ないものであり、他にはアッパー半島ウィスコンシン州に近い地域がある。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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