バルクーク
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バルクーク
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ブルジー・マムルーク朝スルターン
バルクークの第一次治世に鋳造された硬貨
在位1382年 - 1389年
1390年 - 1399年

死去1399年6月20日

子女ファラジュ
アブド・アルアズィーズ
イブラヒム
ムハンマド
王朝ブルジー・マムルーク朝
父親アナス=ブン=アブドゥッラー
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バルクーク(アラビア語: ????? ?????? ??? ????? ?????‎ Al-Malik Az-??hir Sayf ad-D?n Barq?q、? - 1399年6月20日)は、マムルーク朝スルターン(君主。在位:1382年 - 1389年1390年 - 1399年)。

チェルケス人の出身で、マムルーク(奴隷軍人)としてマムルーク朝の将軍に購入された。1382年にスルターン・カラーウーンの一族をはじめとするバフリー・マムルーク(アイユーブ朝のスルターン・サーリフが購入したマムルーク)出身者で構成される王朝(バフリー・マムルーク朝)に代わる、ブルジー・マムルーク(チェルケス人で構成されるマムルーク)が大部分を占める王朝(ブルジー・マムルーク朝)を創始した。
名前の由来

バルクークの本来の名前はチェルケス語で「羊飼い」を意味する「マッリー・クーク」だった[1]。奴隷として売りに出された時、マッリー・クークをアラビア語に音写した「バルクーク(アラビア語でプラム(すもも)の意[2])」と名付けられた。

バルクークは彼を売り込んだ奴隷商人ファフルッディーン・ウスマーン・アル=アスアルディーを尊敬し、彼にあやかってアル=ウスマーニーと称していた[3]
生涯
若年期

バルクークは黒海沿岸のクリミア半島の出身で[3]、チェルケス人のアナス=ブン=アブドゥッラーの子として生まれた[4]。奴隷商人の奴隷商人ファフルッディーン・ウスマーン・アル=アスアルディーにより、エジプトカイロで奴隷として売りに出される。1362年ごろ、バルクークはシャーバーン2世のアタベク(総司令官)として実権を握っていたヤルブガー・アルハーッサキーに買い取られた[4]

1367年にヤルブガー・アルハーッサキーが暗殺された後に彼の所有するマムルークは解散させられ、翌1368年にバルクークは同僚とともにカラクの獄舎に入れられ、3年間をカラクで過ごした[5]。釈放されたバルクークはダマスカスの総督に仕官し、シャーバーン2世がヤルブガー配下のマムルークたちの帰参を認めるとエジプトに帰国する。1376年にマムルークたちが企てたシャーバーン2世の追放にはバルクークも関わっており、シャーバーン2世の死後にマンスール・アリーが擁立されると彼に仕えた[6]
即位前

マンスール・アリー即位後、アタベクとなったアイナバク・アルバダリーが国政の実権を握り、反対派の将軍たちに圧力が加えられた[7]。バルクークはアイナバクから厚遇され、彼に抜擢されて四十騎隊長の地位に昇進した[4]。アイナバクの専制に対して各地で反乱が起こり、ダマスカスでは総督のタシュタムルが反乱を起こした[6]。バルクークはアイナバクにダマスカスの反乱の鎮圧の指揮を執るように勧め、1377年にアイナバクはマンスール・アリーを伴ってタシュタムルの討伐に向かった。バルクークは討伐隊に従軍したヤルブガー・アンナーセリーやバラカ・アルジュバーニーなどの将軍とアイナバクへの反乱を共謀し、アイナバクは進軍中に起きた反乱によって失脚した[8]

1378年にバルクークはアタベクの地位に就き、バルクークの盟友であるバラカ・アルジュバーニーはスルターンの親衛隊長、ヤルブガー・アンナーセリーはトリポリの総督に任じられた。バルクークと敵対する人間はバルクークとバラカの離間を企て、バルクークもバラカがスルターン位の獲得の障害になると考えるようになる[9]1380年にバルクークはバラカとの戦闘に勝利し、バラカをアレクサンドリアの獄舎に投獄し、暗殺した。

1381年に一族を連れた父のアナスとアスアルディーがカイロに現れ、バルクークは喜んで彼らを迎え入れた[9]。この時ある将軍が自分の地位と領地をアナスに譲ることを申し出、バルクークは彼の申出を受け入れ、報酬を与えた。同年にアスアルディーが亡くなり、バルクークは敬愛する人物の死を深く悲しんだ[3]

バラカを処刑した数か月後にマンスール・アリーが病死し、民衆の間にバルクークが新たなスルターンとなる噂が流れた[10]。有力者たちはヤルブガー・アルハーッサキーのマムルークだったバルクークの即位に反対し、バルクークはマンスール・アリーの弟ハーッジー2世を擁立し、バフリー・マムルークの勢力の減衰を待った[10]。ハーッジー2世の即位後、バルクークはアタベク・摂政として国政の実権を握り、自身の支持者を要職に就けた。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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