バットマン: キリングジョーク
出版情報
出版社DCコミックス
形態読み切り
ジャンルスーパーヒーロー
掲載期間1988年3月
話数1
主要キャラバットマン
ジョーカー/レッドフード
ジェームズ・ゴードン
バーバラ・ゴードン
製作者
ライターアラン・ムーア
アーティストブライアン・ボランド
『バットマン: キリングジョーク』(原題: Batman: The Killing Joke)とは、1988年にDCコミックスから刊行された単号完結のグラフィックノベル作品である。バットマンとジョーカーが主な登場人物となる。原作はアラン・ムーア、作画はブライアン・ボランド(英語版)による。コミックヴィランとして長い歴史を持つジョーカーのオリジン・ストーリー(英語版)を扱った作品だが、大筋は1951年に書かれたエピソード The Man Behind the Red Hood!(英語版) を踏襲している。フラッシュバックで差し挟まれるジョーカーの過去を背景として、警察本部長ジェームズ・ゴードンを狂気に陥れようとするジョーカーと、それを阻止しようとするバットマンの攻防を描いている。
ジョーカーが誕生した契機とその心理を独自に掘り下げた本作は[1]、ジョーカーを悲劇的なキャラクターとして描いたことで広く知られるようになった。妻を愛する男であり、挫折したコメディアンでもあったジョーカーは、ある「最悪の1日」を過ごしたことで狂気に追い込まれたのだった。ムーアはそれによってバットマンとジョーカーの共通点と相違点を浮き彫りにしようとしたのだと述べている。『バットマン』本シリーズへの影響としては、バーバラ・ゴードン(バットガール)が銃弾を受けて半身不随になったことも挙げられる。バーバラはこの事件が発端となってオラクルという新しいヒーローに変わる。
多くの批評家は、本作がジョーカーに関する物語の金字塔であり、歴代のバットマン作品の中でも最高傑作に近いと考えている。本作は1989年にアイズナー賞ベストグラフィックアルバム部門を授賞し、2009年5月の『ニューヨーク・タイムズ』ベストセラーリストに掲載された。再版や単行本化は何度もなされている。日本語でも2004年に初単行本化され、2010年には改訂されたアートを用いた新版が出た。本作の内容は各メディアで展開される「バットマン」関連作品でよく用いられており、2016年にアニメ映画化(英語版)された。歴代の実写映画版ジョーカーにも影響を与えている。 作画のブライアン・ボランドが描くジョーカーは、直前に見た映画『笑う男』から生まれた面がある[2]。また「(『ジャッジ・ドレッド
背景と制作過程
本作は『バットマン』アニュアル号[† 1]として企画され、変遷を経てプレスティージ・フォーマットになったという通説があるが、ボランドは単行本 DC Universe:The Stories of Alan Moore に寄せた序文でそれを否定した。ボランドの記憶によると、バットマンを脇役としてジョーカーにスポットを当てた単発作品を作るアイディアは彼のものだった。1984年にDC編集長ディック・ジョルダーノ(英語版)からDCで描きたいものを何でも描いていいと言われたボランドは、アラン・ムーアを原作に迎えてジョーカーの背景を正面から描くことをすぐに決めた。ボランドはこう回想する。「私が今好きな原作者は誰だろうか。どのヒーローを一番描きたいか。それからヴィランは? そんな風に考えてみた。出てきた名前がアラン、バットマン、ジョーカーだったんだ」[3]「『ウォッチメン』が完結するころには、アランとDCの関係はかなり悪化していた。… 考えてみると、DCに留まって『キリングジョーク』を書いてくれたのは私への好意でしかない」[3] ボランドのオファーを受けたムーアは、「バットマン/ジョーカー作品の真骨頂」を書こうと試みた[4]。
バットマンシリーズではそれ以前にもジョーカーの誕生が扱われていた。初期の『ディテクティブ・コミックス(英語版)』(第168号、1951年)では、レッドフードという名の犯罪者が化学薬品に浸かったことで白塗りの道化のような外見に変わり、以降ジョーカーと名乗るようになったと説明されていた。ただしその心理や狂気の由来については詳しく書かれなかった。アラン・ムーアはこのエピソードを掘り下げて新たなオリジン・ストーリーを作り出した[5]。作中ではそれが確かな事実というより一つのありうる物語に過ぎないと強調されていたが、広く受け入れられてDC社のコンティニュイティ(正史)に取り入れられることになった。また本作では、歴史の長いキャラクターであるバーバラ・ゴードンが中枢神経を損傷して障害を負う。担当編集者レン・ウェイン(英語版)はこの展開についてDC社から許可を取り付けなければならなかった[2]。
プレスティージ・フォーマット[† 2]48ページのワンショット号として企画された本作だったが、制作にはかなりの時間が費やされた。 ムーアとボランドはいずれも緻密な作風と遅筆でよく知られており、それぞれ直前に制作した全12号のマキシシリーズ[† 3]作品(ムーアの『ウォッチメン』、ボランドの『キャメロット3000(英語版)』)でも刊行延期を繰り返していた[1]。しかしDC社は寛大な態度を保っており、ボランドは「作家に好きなペースで描かせてくれる覚悟があったようだ」と言っている。最初の担当編集者レン・ウェインが退社したためデニス・オニール(英語版)が後を継いだが、「まったく手出ししないタイプ」だったオニールとは、ボランドはたった一度しか本書について会話を交わさなかったという[3]。
ボランドはフラッシュバック(英語版)シークエンスをモノクロで表現するつもりであり、『ウォッチメン』のカラリストでもあったジョン・ヒギンズ(英語版)に「柔らかい11月の色」で塗るよう伝えた。印刷されたコミックを見たボランドは動顛した。「毒々しい … 気分が悪くなる強烈な紫とピンク … 私の大事な『イレイザーヘッド』風のフラッシュバック・シークエンスがオレンジ色まみれになっていた」[2]。2008年に本作の20周年記念版が刊行された際、ボランドは自身で新しくカラーリングを行って意図通りの配色に直した。
ストーリー
あらすじ