バセドウ病
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バセドウ病またはバセドー病(バセドウびょう、バセドーびょう、 : Basedow-Krankheit)とは、甲状腺疾患のひとつで、甲状腺機能亢進症を起こす代表的な病気である。自己免疫疾患の一つ。機能亢進によって甲状腺ホルモンが必要以上に産生されるため、肉体及び精神に様々な影響を及ぼす。

ロバート・ジェームス・グレーブス(英語版)(1835年)とカール・アドルフ・フォン・バセドウ(1840年)によって発見、報告された。かつては発見者のカール・フォン・バセドウ(Carl von Basedow)にちなみ、バセドウ氏病とも呼ばれた[1]。英語圏ではグレーブス病(グレーブスびょう、 : Graves' disease)と呼ばれる[2]
病態・原因

甲状腺刺激ホルモンとして機能する自己抗体の無秩序な産生がその本態である。ヨウ素の摂取量が少ない地域(西ヨーロッパなど)では、ヨウ素を大量摂取することで、潜在的なバセドウ病を発病することがある。これはヨードバセドウ病と呼ぶ[3]

過剰分泌の主な原因は[3]

ヨード過剰摂取(ヨードバセドウ病)

胎生期マイクロキメラ

ストレス

アレルギー

喫煙

薬剤アミオダロンインターフェロン等)

エルシニア腸内感染症

ウイルス感染

甲状腺の表面には、下垂体によって産生される甲状腺刺激ホルモン(thyroid stimulating hormone;TSH)、別名:チロトロピン、の受容体(甲状腺刺激ホルモンレセプター、TSHレセプター、チロトロピンレセプター)が存在する。

バセドウ病では、この受容体に対する自己抗体である抗TSHレセプター抗体、別名:抗チロトロピンレセプター抗体(thyrotropin receptor antibody;TRAb)、が生じる。それがTSHの代わりにTSHレセプターを過剰に刺激するために、甲状腺ホルモンが必要以上に産生されている。甲状腺ホルモンは全身の新陳代謝を高めるホルモンであるため、このホルモンの異常高値によって代謝が異常に活発になることで、肉体及び精神に様々な影響を及ぼす。

この自己抗体(TRAb)産生が引き起こされるメカニズム・原因は、2007年の時点では知られておらず、後述の通り2017年になってようやく判明した。過度なストレス・過労が発症・再発に関与しているという説もある。またバセドウ病を発症する場合、多くはその家系内に甲状腺関連の病気を患った事が多いことから遺伝的な要因の寄与が大きいと考えられている。

2015年鳥取大学らの研究グループが、このバセドウ病を引き起こしているTRAbがEBウイルスに感染したB細胞から分泌されていることを示し、EBウイルスがバセドウ病の一つの原因となっていることを明らかにした[4][5][6]
原因に関わる研究

2011年から鳥取大学医学部医学科分子病理学分野の研究グループはEBウイルス(Epstein-Barr virus;EBV)というB細胞指向性で9割以上の人間が保有しているヘルペスウイルスの一種の再活性化とバセドウ病の自己抗体(抗TSHレセプター抗体、TRAb)産生との関連を指摘し始めた[7][8][9][10][11]

2011年の研究では10%以上のTRAbを持つバセドウ病患者において、EBVの再活性化を示唆する初期抗原(EA)に対する抗体価とTRAbのレベルが中程度にしかし顕著に相関することが示された[7]

2015年の研究では13例中8例のバセドウ病患者から実際にTRAb(+)EBV(+)なB細胞が末梢血単核球から in vitro(実験環境下)にて確認されている。しかし予想に反して、11例の健常対照群全員からもTRAb(+)なB細胞が検出され、さらにTRAb(+)EBV(+)なB細胞も8例見つかっていた。しかしながらバセドウ病患者においてはTRAb(+)なB細胞の検出頻度は健常対照群のそれに比べ顕著に高かった[8]

同年のまた別の研究では、EBVの再活性化がEBVに感染したB細胞を抗体産生細胞(形質細胞)に分化させ抗体の産生を行わせることができることから、EBVが潜伏感染したTRAb(+)なB細胞が実際にEBVが再活性化した時にTRAbを産生するか否かを調べている。この研究では末梢血単核球においてEBVの再活性化を in vitro(実験環境下)にて誘導した際に、健常対照群(12例)に比べバセドウ病患者(12例)のTRAb(+)EBV(+)なB細胞からより高いレベルのTRAbの産生が行われることが確かめられた[9]

また同年の症例報告では、EBVの初感染による伝染性単核球症の発症に伴いTRAbのレベルが上昇した小児の例が確認され、in vivo(生体内)におけるEBVとバセドウ病の関連を示唆している[10]

2016年の研究では、15例の健常対照群に比べ34例のバセドウ病患者ではTRAb-IgMとTRAb-IgGの抗体価が顕著に高いことが示されている。しかしながら、全IgM価よりも全IgG価の方が高いにもかかわらず、TRAb-IgM価の方がTRAb-IgG価よりも高いという結果が出ている。一方で、EBVが再活性化しているバセドウ病患者においてはTRAb-IgM価が高いことが観察された。これは自己応答性IgM+B細胞の数が自己応答性IgG+B細胞の数よりも多いという事実に一致し、EBVによる多クローン性のB細胞の活性化を示唆する結果となった。そしてTRAb-IgMの生理学的な特徴、TRAbのアイソタイプとバセドウ病の病態との関連を明らかにする必要が生じた[11]

そして最終的に2017年、鳥取大学の研究グループはバセドウ病の自己抗体(抗TSHレセプター抗体、TRAb)が、EBVの潜伏感染V型遺伝子の一つLMP-1による、T細胞非依存性のCD40の共刺激シグナルの模倣によって引き起こされるNF-κB活性化によってトランスフォーメーション(形質転換)した、EBVに感染したTRAb陽性B細胞から産生されていることを分子生物学的に証明した[4][5]。さらにその2017年の論文によれば、バセドウ病を引き起こすのはIgG1のアイソタイプを持ったTRAbであり、そのためにはTRAb陽性B細胞で免疫グロブリン抗体)のクラススイッチ遺伝子再編成を引き起こす活性化誘導シチジンデアミナーゼ(AID)の発現が必須となるが、EBVの潜伏感染V型遺伝子のLMP-1はT細胞非依存性にCD40のシグナルを模倣しNF-κBを活性化させることができ、NF-κBはAID遺伝子(AICDA)の転写を促進するので、バセドウ病を引き起こすIgG1のアイソタイプを持ったTRAbの産生が可能になるということである[4][5]

同研究グループは2018年、11例のリンパ球・形質細胞の浸潤を認めるバセドウ病患者の、7例の甲状腺摘出検体においてEBV(+)B細胞・IgG4(+)形質細胞の存在をそれぞれ EBV-encoded small RNA 1(EBER-1)の in situ ハイブリダイゼーション免疫組織科学により調べ、実際にEBV(+)細胞とIgG4(+)形質細胞が甲状腺組織の同じ位置に存在していることを確認している。また、14例の健常対照群と13例のバセドウ病患者のリンパ球におけるEBVの再活性化を誘導し、両方のリンパ球においてIgG4の産生を確認している。特に、病状のコントロールができなくなり甲状腺の摘出を受けた患者においては血清におけるIgG4/IgG比がとても高く、IgG4関連疾患様の状態にあることが分かった(IgG4関連疾患に認められる tumefactive な病変・花筵状線維化・閉塞性静脈炎は認められず、IgG4関連疾患とは言い難い)。これは2014年の和歌山大学の研究グループによる、バセドウ病患者の一部において血清IgG4価が高いという結果[12]に一致している。

IgG4へのクラススイッチ遺伝子再編成にはTh2細胞性サイトカインとIL-10という免疫抑制系のサイトカインが必要である[13][14]が、EBVのBCRF-1遺伝子の転写産物はIL-10のホモログ[15]であり、さらに EBV-encoded small RNAs (EBERs) は宿主のB細胞にIL-10の産生を促す[16]ので、EBVのIL-10のホモログとEBERsによって産生が促されたIL-10が制御性T細胞の代わりにIgG4へのクラススイッチに寄与しているようである。通常、形質細胞は抗原に対して高い親和性(high-affinity)を示すIgGを産生する[17][18]が、IgG4は抗原に対し高い親和性を示す抗体ではない[19][20][21]ので、胚中心におけるB細胞の抗原に対しての親和性成熟においてはIgG4へのクラススイッチは非常に稀にしか起こらないと考えてよく、それゆえにこの研究におけるバセドウ病患者の甲状腺切除組織におけるIgG4(+)形質細胞は胚中心におけるB細胞の親和性成熟以外の過程で発生したものと考えられ、そしてその過程はEBVの再活性化によって誘導されたIgG4産生であるということが結論づけられた[22]


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