バクテリオファージ
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この項目では、ウイルスの一種であるバクテリオファージについて説明しています。白血球の一種については「マクロファージ」をご覧ください。

ファージ (Phage) は細菌に感染するウイルスの総称。正式にはバクテリオファージと呼ばれる。 バクテリオファージの模式図

ファージの基本構造は、タンパク質の外殻と遺伝情報を担う核酸 (主に二本鎖DNA) からなる。ファージが感染した細菌は細胞膜を破壊される溶菌という現象を起こし、死細胞を残さない。細菌が食べ尽くされるかのように死滅するため、これにちなんで「細菌(bacteria)を食べるもの(ギリシア語:phagos)」を表す「バクテリオファージ(bacteriophage)」という名がつけられた。

20世紀初頭にアーネスト・ハンキンとフレデリック・トウォートによって独立に発見され、カナダの生物学者フェリックス・デレーユによって溶菌作用が見出された。初期の分子生物学においてモデル生物として盛んに用いられた。またファージのゲノムは改変され、遺伝子導入DNA断片のライブラリ作成などにも用いられている。有名なファージの一つにはラムダファージ(λファージ)があり、大腸菌に感染する。全ゲノムの解読はラムダファージで行われた(ゲノムプロジェクト)。また、ウイルス粒子が非常に複雑な形態のT4ファージもよく知られている。
目次

1 構造

2 ビルレントファージとテンペレートファージ

3 ファージの応用

3.1 モデル生物として

3.2 現代の利用


4 出典

5 関連項目

6 外部リンク

構造 T4ファージの構造 写真

バクテリオファージには多くの種類が知られており、その大きさは25?200nm程度である。形状も様々な種類が知られており、多くの種は正二十面体様のカプシドを頭部としてそこから尾が伸びている。中には真核生物に感染するウイルスのように、単純に頭の部分のみを持つ種もある。ファージの尾部は細菌細胞外に発達した莢膜や、ペプチドグリカンから成る細胞壁を突破して、細菌の細胞内にファージの核酸を送り込む機能を持つ。例えばT4ファージの尾の先端にある基盤を構成する蛋白質にはリゾチームとして機能する部分があり、これがペプチドグリカン加水分解して細菌の細胞壁に穴を開ける。ファージの尾は、細菌細胞に核酸を送り込む時に収縮する長い尾、柔軟に屈曲するが収縮はしない長い尾、収縮しない短い尾の3種類がある。例えばT4ファージは長くて収縮するタイプ、ラムダファージは長くて屈曲するタイプの尾を持っている。
ビルレントファージとテンペレートファージ 大腸菌に取り付いたファージ T4ファージの構造および感染サイクル

ファージは、その増殖様式からビルレントファージとテンペレートファージに分類される。

ビルレントファージは、ファージが感染すると細菌内で増殖し、最終的には完全に溶菌させて宿主細菌を死滅させるものである。ファージの多くはこのビルレントファージである。

一方、テンペレートファージの場合、ファージが感染しても一部の細菌を除いて増殖が起こらず、部分的にしか溶菌を起こさない。このとき、ファージの増殖が起こらない細菌の内部では、ファージはゲノムDNAとして(プロファージと呼ばれる)安定した状態で保存されており、細菌が分裂する際も子孫に伝達されていく。この現象は溶原化と呼ばれ、プロファージを保有する細菌を溶原菌と呼ぶ。プロファージのゲノムは溶原菌のゲノムに組み込まれたり、あるいはプラスミドとして宿主のゲノムとは独立して細胞内に存在する。テンペレートファージの例としては、大腸菌のラムダファージがよく知られ研究されている。

テンペレートファージの中には抗生物質への耐性遺伝子毒素の遺伝子を持っているものがあり、ファージが感染することによってその遺伝形質を細菌が獲得することがある。この現象によって薬剤耐性や強毒性の細菌が出現することは、医学上重要な問題と考えられている。このような実例としてO157ベロ毒素が挙げられる。ベロ毒素は一部の赤痢菌が産生する志賀毒素と同じものであり、それらの赤痢菌に感染していた毒素遺伝子を含むファージが大腸菌に感染してベロ毒素産生大腸菌が出現したと考えられている。
ファージの応用

ファージは遺伝子数が他の生物に比べて少なく、また増殖が容易なことから初期の分子生物学でゲノムが解読され、モデル生物の一つとして用いられている。
モデル生物として

ファージが発見される以前は生きた細胞の中で増殖するウイルスしか知られておらず、組織培養の技術も確立されていなかったため、ウイルスの研究は簡単ではなかった。そのため培養しやすい細菌を宿主として増殖するファージの発見によりウイルスの研究は大きく前進した。それまでせいぜい組織を対象にしか扱えなかったものが細胞単位で扱えるようになった意味も大きい。

感染した宿主細胞の機能に依存して自らを複製・増殖するというウイルスの性質もファージの研究によって明らかとなった。ファージにおける遺伝物質がDNAであることを確定したハーシーとチェイスの実験は、遺伝子そのものの本体がDNAであることを初めて証明したことでも重要である。
現代の利用

テンペレートファージを利用して宿主の細菌に任意の遺伝子を導入する技術も開発された。この技術は形質導入と呼ばれ、ラムダファージによる大腸菌への形質導入が、分子生物学分野で繁用されている。

ファージは種類によって宿主とする細菌が異なり、しかもその選択性が高い。このため同じ種に属する細菌であっても、株によって特定のファージに感染するものとしないものがある。この現象を利用して同種の細菌をさらに細かく判別することが可能であり、この方法をファージ型別と呼ぶ。ファージ型別による分類は黄色ブドウ球菌サルモネラに用いられており、これらの菌の中でも特に病原性の高いものであるかどうかを識別することが可能である。

また、ビルレントファージが宿主を溶菌によって殺す性質と、その宿主特異性の高さを利用して、細菌感染症に対する治療薬として応用する研究も行われている(ファージセラピーと呼ばれる[1])。現在、ロシア、ポーランドなど東ヨーロッパで本格的に実用化されていて、西ヨーロッパ、アメリカなどでは臨床実験中である。また、薬剤耐性菌テロに対する治療薬としてロシアやアメリカなどでは研究が進められている。
出典^ 武村政春『ヒトがいまあるのはウイルスのおかげ!』2019年、さくら舎、p.98

関連項目

ウィキメディア・コモンズには、ファージに関連するカテゴリがあります。


ハーシーとチェイスの実験

眠り病 (発酵)

T7ファージ

ファージディスプレイ

外部リンク

T4ファージの微細構造と感染のメカニズム


更新日時:2019年3月22日(金)13:10
取得日時:2019/08/02 05:56


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