ハーディー・ガーディー
各言語での名称
英Hurdy gurdy
独Drehleier
仏vielle(-a roue)
伊ghironda, lira tedesca
分類
ハーディ・ガーディ(ハーディー・ガーディー、英語: hurdy gurdy)は、弦楽器の一種。張られた弦の下を通るロジンを塗った木製のホイール(回転板)が弦を擦ることで発音する。ホイールはヴァイオリンの弓と同じような機能を果たしているが、クランク(ハンドル)で操作されており、従ってハーディ・ガーディは一種の機械仕掛けのヴァイオリンということができる。胴はギターやリュートのような形をしたものが多い。旋律は鍵盤を使って演奏されるが、この鍵盤は「タンジェント」と呼ばれる小さな楔形(通常は木製)を押し下げて弦に押し付けることでピッチを調整している。
ほとんどのハーディ・ガーディには、旋律弦の他に複数の「ドローン弦」があり、旋律と同時に常に持続音が響いている。このため、同じようにドローン音を持つバグパイプと似たところがあり、フランスの民族音楽や、現代のハンガリー音楽などでは、バグパイプと同時に、あるいはバグパイプの代わりとしてしばしば使われている。
ハーディ・ガーディの演奏は、多くのヨーロッパの民族音楽祭で見ることができるが、その中でも著名なのはフランスアンドル県のサン・シャルティエで、7月14日前後に行われる音楽祭である。
起源と歴史オルガニストルムを奏する人物たち(スペイン・サンティアゴ・デ・コンポステーラ)独奏オルガニストルム(スペイン・ブルゴス大聖堂・13世紀)
ハーディ・ガーディは西ヨーロッパにおいて、11世紀以前に発生したと考えられている。最も古い形態の一つはオルガニストルム(英語版)と呼ばれる、ギター型のボディに鍵盤(音域は1オクターヴの全音階)が設置された長いネックを持つ大型の楽器である。オルガニストルムは駒を共有する1本の旋律弦と2本のドローン弦をもち、比較的小さなホイールを持っていた。大型の楽器のため、演奏は2名で行われ、一人がクランクを回し、もう一人が鍵を引きあげた。この鍵を引きあげるという操作は難しく、そのためオルガニストルムではゆっくりとした旋律しか演奏できなかった[1]。オルガニストルムのピッチ(音高)はピタゴラス音律で調律されており、修道院や教会での合唱音楽の伴奏楽器として主に使用されていた。オドン・ド・ クリュニー(英語版)(-942)が作者に擬される、Quomodo organistrum construatur (「オルガニストルムの構造について」)と題する短い書きつけが残されているが[2][3]、後代の写本しかなく、真作であるかは極めて疑わしい。オルガニストルムの最古の表象物の一つとして、スペイン・ガリシア地方のサンティアゴ・デ・コンポステーラにある12世紀建造の栄光の回廊(´Portico de la Gloria)中にある、オルガニストルムを奏する二人の音楽家の彫像があげられる。
後に「オルガニストルム」は小型化し、一人の奏者がクランクと鍵盤を同時に操作できるようになった。「独奏オルガニストルム」はスペインおよびフランスで見られたが、小型の箱型のハーディ・ガーディである「シンフォニア」(symphonia)に取って代わられてほとんど姿を消していった。シンフォニアは3弦で、全音階の鍵盤を持っていた。シンフォニアの発展と同時期に、下から押す新型の鍵盤も開発された。この新しい鍵盤により早いパッセージの演奏がはるかに容易になり、次第に上から引きあげるタイプの鍵盤を完全に駆逐した。中世のシンフォニアの表象には、両方のタイプの鍵盤が見られる。ヒエロニムス・ボス「快楽の園」部分拡大図。うなり駒を持つハーディ・ガーディの最古の画像である。
ルネサンス期にはハーディ・ガーディはバグパイプと並んで高い人気があり、ハーディ・ガーディの特徴である短いネックと角張ったボディ、および湾曲したテールという形を獲得していった。絵などに描かれた楽器に「うなり駒」が登場するのもこの時期からである。「うなり駒」はドローン弦の下にある非対称形の駒で、ホイールの回転速度が上ると、駒の足の片方が持ち上がって響板から離れて振動し、ブーンといううなりを発生させる。うなり駒は、トロンバ・マリーナ (英語版)(tromba marina)という単弦の擦弦楽器から借用されたと考えられている。
後期ルネサンスのハーディ・ガーディには、2タイプの外形が発達した。一つはギターに似たものであり、もう一つはリブをもつリュートに似た丸いボディのものである。リュート型のボディは、特にフランスの楽器に多く見られる。ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの描くハーディ・ガーディ弾き
17世紀末になると、音楽の趣味の変化と共に多声を同時に奏することができる楽器が好まれるようになり、ハーディ・ガーディは最下層の地位に追いやられていく。その結果、例えばドイツ語では「農民のリラ」を意味する「バウエルンライアー」(Bauernleier)や「乞食のリラ」を意味する「ベットラーライアー」(Bettlerleier)などと呼ばれるようになった。逆に18世紀には、フランスのロココ趣味で田舎風がもてはやされたことから、再びハーディ・ガーディが宮廷に持ち込まれ、上流層の間で人気を博した。この時期にはハーディ・ガーディのための曲も数多く作曲されている(今日最も有名な作品にはアントニオ・ヴィヴァルディ作(とされた)『忠実な羊飼い』(Il pastor Fido)があげられる)。この時期に、現在もっとも一般的なハーディ・ガーディの形である、6弦の「ヴィエル・ア・ル」(仏:vielle a roue)が確立した。6弦のものは、2本の旋律弦と4本のドローン弦を持ち、ドローン弦を鳴らしたり消したりすることで、さまざまな調に対応できるようになっている(例えばハ音とト音またはト音と二音)。
また、この時期にハーディ・ガーディは東に伝播し、スラヴ語圏西側、ドイツ語圏およびハンガリー語圏においてさらに多様化し、特にハンガリー、ポーランド、ベラルーシ、ウクライナで広く見られた。ウクライナでは「リラ」と呼ばれ、リルニク(英語版)(lirnyk)という多くは盲目の辻音楽師が職業として演奏していた。演奏する曲目は主に宗教にまつわるものであったが、ドゥマ(英語版)(Дума)と呼ばれる叙事詩や舞曲も多く演奏された。しかし、1930年代にソヴィエト当局によりほぼ根こそぎにされ、250から300人のリルニクがソヴィエト社会にふさわしくない社会要素として処刑された。
ハーディ・ガーディの多くは20世紀初頭にはほとんど消滅したが、一部は今日まで生き残っている。特に有名なのが、フランスの「ヴィエル・ア・ル」と、ハンガリーの「テケルーラント」(teker?lant)または省略形の「テケレー」(teker?)、スペインの「ソンファナ」(zanfona)である。近年では再興の動きがスウェーデン、ドイツ、オーストリア、チェコ、ポーランド、ロシア、ウクライナ、イタリア、ポルトガルなどで盛んとなっている。この再興の動きによって、さまざまな新しいジャンルの音楽にハーディ・ガーディが用いられることも増えている。
近年では、アメリカのテレビドラマ『Black Sails/ブラック・セイルズ』のテーマ曲で使用された。 オックスフォード英語辞典によれば、「ハーディ・ガーディ」という言葉の起源は擬声語である。ホイールは木製だが、湿度の変化などによりゆがむため音が揺れることが多くその様子を表現したか、あるいはうなり駒の音を表現したものとされる[4]。 その他に、次のような民間語源などいくつかの語源説が唱えられている。 ハーディ(hurdy)とは人の臀部であり、ガーディ(gurdy)とは魚網を船に引き入れるのに用いられたクランク付きのリール。18世紀にフランスの楽器に対してイギリスで用いられた軽蔑的な名称。 この語源説にはいくつもの問題がある。中でも hurdy という英語の単語は他に知られていないこと、またクランクを指す hurdy gurdy という語(gurdy ではない点にも注意)は、1883年に楽器としてのハーディ・ガーディに由来する語として初めて記録されていることが指摘できる[5]。 英語では他に「ホイール・フィドル」という呼び名もあるが、演奏家にはほとんど用いられていない。
楽器の名称