ハンドボール
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この項目では、7人制のチームスポーツ(チームハンドボール)について説明しています。その他のハンドボールの用例については「ハンドボール (曖昧さ回避)」をご覧ください。

ハンドボール
試合中の攻防。青チームの攻撃中。赤チームは防御側。奥の選手(黒)はゴールキーパー。
統括団体国際ハンドボール連盟(IHF)
起源20世紀初頭のヨーロッパ(諸説あり)
特徴
身体接触フルコンタクト
選手数コート上7人以内 (登録人数14?16人・交代無制限)
カテゴリ屋内競技
ボールハンドボール
実施状況
オリンピック男子:1972年?(11人制としては1936年実施)
女子:1976年?
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試合の映像(音声あり・約30秒)

ハンドボール(: handball)は、7人ずつの2チームが1個のボールを手で扱い、相手のゴールになげ入れて得点を競うチームスポーツ。送球(そうきゅう)[2]とも呼ばれる。公式競技は屋内で行われ[3]、時間内に多くの得点を挙げたチームが勝利となる。

サッカーフットボール)から派生した競技[注 1]であるが[4]、ボールを手で扱う競技特性から、バスケットボールと類似したルール[注 2]が追加されてきた特徴を持つ[5]

走る投げる・跳ぶ」の3要素が揃ったスポーツで、スピード・迫力ある攻防や華麗なシュートが魅力とされている[6]
沿革2009年の世界選手権決勝(クロアチア)

19世紀末から20世紀初頭のヨーロッパに起源をもち、世界へと広がったスポーツである。1946年創設の国際ハンドボール連盟には、2017年時点で200を超える国と地域が加盟しており、ヨーロッパ以外でも普及が進んでいる。古くはドイツ発祥の11人制が主流であったが、スカンジナビアを中心に広がった7人制が次第に支持を得て現在に至っている[7]
起源

近代ハンドボールの起源は、19世紀末のデンマーク20世紀初頭のドイツであると考えられている。双方とも、当時のサッカーをもとに競技が創案されており、初期の競技ではサッカーボールが使用されていた[5]

手でボールを投げる競技自体は、古代エジプト古代ローマのほか、グリーンランドイヌイットによるものなど、古代から世界各地で行われており、これらの競技をハンドボールの起源とする意見もある[8]
デンマークでの発祥

ハンドボールの初めての試合は、1897年ごろ、デンマークのフュン島東部・ニューボー(Nyborg)で行われたとする説が有力視されている。

イギリス留学でサッカーを学んだラスムス・エアンスト(Rasmus Ernst)は、デンマーク帰国後、教育実習生としてニューボーへと赴任し、生徒にサッカーを教えた。しかし、プレーしていた生徒が校舎の窓ガラスを割ったことで、校長からサッカーを禁止されてしまう。そこでエアンストは、「手でボールを扱えば、足よりも安全で正確にプレーできる[注 3]」と提案し、校長の許可を得た。このできごとが、デンマークにおけるハンドボールの起源とされている[11]

1906年には、エアンストの指導教官であるホルガー・ニールセン(Holger Nielsen)[注 4]により、競技規則が制定された。この競技規則では、1チーム16人、競技場は縦50m×横30m、ゴールエリアは縦4m×横7mの長方形で、ゴールの大きさは現在と同じ高さ2m×横3mであった。

この競技はデンマークの寒冷な気候条件から、屋内競技として普及した。さらに同様の寒冷気候であるスカンジナビア諸国を中心に広がっていき、現在行われている「7人制ハンドボール」へと発展していくこととなる[5]
ドイツでの発祥

一方、20世紀初頭のドイツでは、サッカーに代わる女性向けの球技が模索されていた。1896年から近代オリンピックが開始されたことや、1919年ワイマール憲法制定に代表される女性の権利保障の機運が背景として考えられている。

1915年ごろ、公式に残る記録では1919年、ドイツ人体育教師のカール・シュレンツ(Karl Schelenz)により競技規則が制定されている。この競技規則では、1チーム11人、競技場は縦40m×横30m、ゴールエリアは半径8mの半円状で、ゴールの大きさは高さ2.1m×横7mとされた。また、ボールを保持した状態での移動を、現在のハンドボールと同様に3歩までに制限している。シュレンツは、この競技を「人間の基本的な動作や本能と合致した自然な運動」と捉え、特に「走・跳・投の3要素による、身体形成への有用性」を強調している。

この競技は、シュレンツ自身が「サッカーの持つスポーツ性を取り入れ、男性にも女性にもできる球技」として普及や指導にあたり、ドイツを中心にヨーロッパ諸国へと広まっていった。のちに1960年代まで主流となった「11人制ハンドボール」へと発展していくこととなり、最終的な競技規則(のちに7人制に一本化・後述)では、サッカーと同じ大きさの競技場やゴールが使用されている[5]
競技の確立

ほぼ同時期に始まった、デンマークを起源とする7人制と、ドイツを起源とする11人制は、相互に影響しあいながら国際的に広がっていった。

ドイツを起源とする11人制は、ヨーロッパ諸国に広く受け入れられたため、国際的な競技団体や、競技規則の統一が必要とされた。これを受け、1928年に国際アマチュアハンドボール連盟が誕生し、1934年には国際競技規則が制定された。この11人制の競技規則では、現在のハンドボールと同規格までボールが小さくなり、同じくボール保持時間も3秒までに制限された。

デンマークを起源とする7人制も、11人制と同じく、1934年に国際競技規則を制定している。この7人制の競技規則では、競技場の大きさが縦30~50m×横15~25mとされたほか、ゴールエリアやフリースローラインなど、現在のハンドボール用コートの基礎となった規格も多い。

1936年には、11人制が盛んになっていたドイツでベルリンオリンピックが開催され、オリンピック種目11人制ハンドボールが採用された。1938年には、国際アマチュアハンドボール連盟により、男子世界選手権が、11人制と7人制の2種目で併催された。この後、11人制と7人制の並立体制がしばらく続くこととなる[5]
7人制への統一

11人制に比べ、少人数で競技場の小さい7人制は競技実施が容易であり、ハンドボールは徐々に7人制が主流となっていった。

1946年には、11人制を主流とするドイツが第二次世界大戦で敗れたことを背景に、7人制を主流とするスカンジナビア諸国が国際ハンドボール連盟を設立した[12]。従来の国際アマチュアハンドボール連盟は発展的解消を遂げ、ハンドボールは7人制へと一本化されていくこととなる。

世界選手権では、女子大会1962年男子大会1967年に7人制へと一本化された。オリンピックにおいては、1972年ミュンヘン・オリンピックで、7人制としては初めて実施種目に採用された。1976年モントリオール・オリンピックでは、女子競技も実施種目に追加され、現在までオリンピックの実施種目に採用され続けている[5]
現在パリ・サンジェルマンのハンドボールチーム。サッカーチームとほぼ同じデザインのユニフォームを着用している。

発祥地であるヨーロッパで最も盛んに行われている。ドイツのハンドボール・ブンデスリーガや、スペインのリーガ・アソバルといったプロリーグが開催されているほか、EHFチャンピオンズリーグIHFスーパーグローブなど、上位チームによる国際大会も開催されている[13]FCバルセロナパリ・サンジェルマンなど、強豪サッカークラブの他競技部門として活動するチームもみられる。

1946年創設の国際ハンドボール連盟には、2017年時点で200を超える国と地域が加盟しており、アジアアフリカ南米などでも普及が進んでいる。男女共にオリンピックの正式種目であるほか、2年間隔で世界選手権も開催されている。

男子世界ランキングでは、常にドイツデンマークスウェーデンロシアフランスなどのヨーロッパ勢が10位以内を占めている。中堅国には、エジプトチュニジアといったアフリカ勢や中東勢、韓国が名を連ね、日本も中堅といえる位置に近づきつつある。南米では、アルゼンチンブラジルが成長株とされる。

女子にもほぼ同様の傾向がみられるが、男子と比べて、やや地域的に広がりが見られる。特徴的な点として、韓国がオリンピックのメダル常連であることや、アンゴラが国際大会で存在感をみせていることが挙げられる[7]
日本での沿革
日本での歴史

日本での起源は1922年東京師範学校大谷武一が大日本体育協会(現:日本スポーツ協会)で11人制を紹介したこととされている。


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